紐パンきつねの海色バカンス 作:ナルキケーネ(ハーメルン支店)
そっちも後日しっかり書きますのでごゆっくりお付き合いください。
「好きな人ぉ? フブちゃんにぃ?」
マリンは心底意外そうに、口と眉をへの字にひん曲げていた。
「そ、そんなにヘンかな……?」
「いや、女の子が恋愛すること自体はヘンじゃないけどさぁ……アイドル一筋まっしぐら!って感じのフブちゃんがねぇ……?」
「うぐぅ……! 一番痛いところを平然と突いてくるじゃねえか……!」
所属する事務所は恋愛禁止を強いていないが、アイドルとしてのスキャンダルは、フブキが最も危惧していたことだった。仕事柄、普段から男性と接する場面もそれなりにあったため、ガードは常に堅く備えていたほどだ。
マリンはさすがに訳がわからなくなり、頭の中で話の流れを整理する。大きな話題だけでも二つの出来事が起こっているため、それらを縒り合わせて一本の道筋に変えていく。
「えっとぉ……その人が電マを使ってきたから、今日、フブちゃんもそれを買ったってことなのよね?」
「んー、あー……うん……恥ずかしながら、そうなるね……」
フブキはそう答えるしかなかった。『ハンディマッサージャーを使った自慰が楽しみすぎた』よりは幾分もマシな答えだった。
「……あのさ……ちょっと確認なんだけど……」
「なんだい?」
「フブちゃんさ、わざわざ『好きな人』って言ったってことは……恋人関係ではない……感じなの?」
「えっと………………それは、わかんない……」
「わからないって……恋人か恋人じゃないかすらもハッキリさせてないのに……エッチなんてするか?」
「……だって、向こうがいきなり……そういうこと、してきたから……」
「あー……それを断りきれなくて、ズルズルきちゃった感じか……。後々で揉めそうね、それ……」
「……だよねぇ……それは、わかってたんだけどさぁ……」
そもそも、突発的なレズセックスが恋に発展するとは、当の本人も想定していなかったのだから無理もないだろう。
フブキは恥ずかしそうにしながら後悔のため息をついて、それ以上は語ろうとしなかった。
貞操観念が緩めな女だと思われたくない。そんな気持ちが働くのも、マリンにもある程度までは理解できた。
「まあ、エッチを迫ってきた相手が好きな人なら……わからなくもないけど……うーん……」
ただし、やはりというべきだろうか、マリンの中にあるフブキのイメージと結び付かないことが多かった。
マリンが知るフブキなら……仕事で付き合いがある程度の男がいて、好意を寄せてしまったとしたら、その人物との関係を断ってでも自分のアイドルらしさを貫くような気がする。
その曖昧な肉体関係には、何かしらの『関係性を断てない理由』があったのではないだろうか。
とはいえ、タレントと運営側の人間の恋愛は禁止されているため、そのような後ろめたい恋愛をしているとは考えにくい。相手が、同じ系列の事務所に所属しているだとか……あるいは、友達や同僚レベルで大切な人だったとか。
推測を深めるマリンと、その様子を緊張しながら眺めるフブキ。
そんな気まずい沈黙は、マリンの諦めを孕んだため息で途絶えた。
「……ま、ここで足踏みしてても仕方ないかー。恋なんて、しようと思ってするモンじゃないわよね」
「……随分と含蓄がある言葉だな……」
「人生経験はそれなりに豊富なのよ、船長もさ。あたしの遍歴は……宅呑みしながら教えてあげる、今度ね」
「あはは……もう何回も聞かされてるけどね……」
オトナ組との宅呑みの席で、ウーロン茶と枝豆と唐揚げを無限にローテーションするしかなかったフブキが苦笑する。白上フブキは一九歳で、飲酒配信もしないことで有名なのだ。
そんな真面目なフブキだからこそ、マリンの中では疑問が大きくなるばかりだった。
そんなにも、アイドルとしての信念を揺るがすような強い魅力を持った男がいるものなのか、と。
「……ねえ、フブちゃん? 結局さ、その相手って誰なの?」
「それは、ちょっと言えないけど……ええと、普通の人……だよ……?」
「セフレに電マを使ってくる男は普通の人なのか……?」
マリンの疑問は至極もっともなものだった。そもそも、恋人ではない相手と肉体関係を持つこと自体があまり普通ではないのだが、キリがないのでそこはスルーした。
「や、その……アレだよ……! ちょっと変わってるかもしれないけど、そこまでヘンってワケでは……!」
「じゃあ、どんな人なのか教えてよ? それならいいでしょ?」
「えっと……基本的に可愛い女の子が好きで、いろんな子に手を出してる……かな……? 今日も、女の子たちとご飯食べに行ってるし……」
正直なことと事実を口にしながら、フブキは自分でも、とんでもないことを言っていると自覚していた。
しかし、フブキはそんな事実陳列罪を撤回しなかった。少なくとも、今の自分の目にはそう映って見えていたのだ。
「フブちゃん。悪いこと言わないから、さっさとその男と別れな!!」
マリンはグラスをコースターに叩きつけながら、力強く吠えた。友人のためを思っての忠告だった。
「きゅ、急にバッサリくるじゃんか……」
「バッサリ行くに決まってるじゃないのよ!? チャラチャラしてるクセに、彼女でもない相手に電マだぁ!? このすっとこどっこいが!」
マリンは荒くなった鼻息を抑えるためにアイスティーを口に含んで、ストローをギチギチに噛み潰した。その粗暴な姿は、海賊よりも山賊の方が似合っていた。
「フブちゃん、船長はその人のことよく知らないけど……たぶん悪い男よ……!? フブちゃんのこと、カキタレ程度にしか思ってないかも……!」
「……カキタレってなに……?」
「カラダ目的の、都合の良い女のことよ! 場合によってはセフレよりタチが悪いのに……フブちゃん、このままだとヤり捨てられるんじゃない……!?」
「…………え……?」
フブキはマリンの言葉に強いショックを受けていた。
その可能性には、自分も気付いていた部分もあった。どれだけ熱く身体を重ねて、どれだけ要望に応えても……まつりの放蕩癖は一切治らなかったのだ。
事務所には、可愛い女の子がたくさん所属している。いずれ、自分も飽きられてしまうのでは……そんな風に、ずっと不安に思っていた。
「……私……捨てられちゃうのかな……? あんなに、恥ずかしいの我慢したのに……」
フブキの瞳に宿った、冷たい闇と切ない悲哀がマリンの怒気から熱を奪った。
「……あっ……いや、なんか、その……そういう解釈も、あるかもしれないってカンジよ……?」
マリンは急激に冷えた頭を掻いて、自分の無神経な発言を悔いた。その最低な謎の男に怒るがあまり、フブキの純粋すぎる恋心のことを失念してしまっていた。
ダラダラと溢れた冷や汗のせいで、せっかく補給した水分があっという間に流れ出ていく。そのヤバい緊張感には、おしっこすら漏らしそうだった。
「あ、あんまり、真剣にならなくても大丈夫っていうか……まだ、ハッピーエンドの可能性も見えなくもないし……アハハハ……!! そ、そんな顔しないでよ、フブちゃんったら……!」
「…………でも、マリンちゃんの言う通りなんだろうな……。あの人、私のことなんか……エッチさえできれば、どうでもいいみたいだし……」
既に相当病んでいたフブキの心が、ぐずぐずにへたれていく。胸の内の空白に、寂しさと悲しさが満ちていった。
虚しさの残響がどんよりと視界を暗くする。フブキはBIGフブチュンを抱き締め、いじいじとお腹を撫で回した。
「ちょ、ちょい待ってよ……! ほら、船長さ、その人のこと全然知らんから……無責任なこと適当に言ってるだけなのよ!? も、もしかしたら、フブちゃんだけを真面目に愛してるのかも!?」
「……もしそうなら……他の子にちょっかい出さなくない……?」
「あがっ……!! いや、それはそうかもだけど……! そうだ! その人さ、フブちゃんだけにすることとかないの……!? もしあるなら……きっと……!」
「……う、ううっ……!!」
マリンが勢い良く飛びついた避難場所には、特大の地雷が仕込まれていた。
【信じてよ、フブキ。その証拠じゃないけど……今からちゃんと、フブキだけにしかできないことをするから】
フブキが曖昧な肉体関係に疑念を感じるたびに、まつりはそう言い聞かせて、特別だと思わせられることを捧げてきた。粗相をした秘部にキスをして、汚れた雫を舐め取ることもそのうちの一つだった。
その言葉を真に受けて、フブキは心の深い部分にくすぐったさを感じ続けて……いつしか、ほのかな愛情を抱き始めていた。
形として残るようなものはない。自分を特別だと思ってくれていることを保証するものは、まつりの言葉と態度以外になかったのだ。
まつり自身を信じられなくなれば、そこにはもう虚無しかない。
そのことに気付いてしまって――胸に走った、息ができなくなるような激痛がフブキの唇を震わせた。
「…………そんなの、ないもん……なかったもん……!」
(あんなこと言ってさぁ……私だけって、期待させておいてさぁ……! やっぱり、何も変わんなかったじゃんか……変わるつもりも、なかったんだ……)
フブキは泣き崩れるように、もふもふの背中に顔を埋める。
じわっと潤んだ目を押さえていないと、すぐに涙がこぼれてしまいそうだった。
自分の中にある汚い部分まで愛されているような気がした。温かく抱き締めて、心の奥底まで満たしてくれるような気がしていた。
その相手を好きだと思う気持ちだけではなく、強い期待もしてしまっていた。まつりへの強い想いは、フブキの心の大部分を焼き焦がしながら恋慕を膨らませていたのだ。
(まつりちゃんのばか……! 白上なんて、ただの都合の良い女だったんだ……!)
まつりとの夏色情事が遠く感じて、胸の中にある恋心を自覚して。ようやく、目を背けていた気持ちと向き合うことができた。
まつりの『いつも通り』は、まっすぐな愛情を期待したフブキには裏切りにしか見えなかった。それでも、初めての情事で頭をとろけさせてくれた、まつりの甘い言葉と親愛を信じたかった。
(……違う……悪いのは……バカなのは、私だ……。私、嗜虐欲の捌け口としか思われてなかったのに……浮かれて、本気になって……彼女みたいな顔しちゃって…………)
お互いに、たくさんのファンに支えられているアイドルだった。その恋心を目に見える形にするわけにはいかず、曖昧な関係性のまま親密度を限界まで高めてしまって、とうとう破裂してしまった……それだけのことなのに。
ちょっとしたすれ違いで、壊れてしまうような関係だとしても……フブキは、まつりから向けられていた、特別な性愛を失いたくなかった。
自分の間違いに気付いてしまった今もなお、その気持ちを変えられないでいる。フブキの自責の念が強まり、苛立ちとマイナスな思考が全て自分の心を串刺しにしていた。
「…………私、バカだよなぁ……。ただのカキタレが、勘違いしてるだけって……わかってるのに…………こんなに、未練がましくさぁ……」
「……ふ、フブちゃん……。その人のこと、そんなに……好きなの……?」
「…………わかんないよ……! こんなに苦しい気持ち、初めてなんだ……わかんないんだよぉ……!」
すんすんと鼻を鳴らし始めたフブキは、マリンに顔を見せないように、ぬいぐるみを抱く力を強めた。
「う、うう……間違ってるって、心のどこかで気付いてるのに……どうしても、この気持ちを捨てられないんだ……。マリンちゃん……私、どうすればいいの……?」
「……え、ええ~……? そんなこと聞かれてもなぁ……」
フブキに問われても、マリンは狼狽えることしかできなかった。フブキの恋心は思っていた以上に純粋で、病的にしつこく絡み付いていた。
情報が足りないマリンからしてみれば、友達の心を弄んだそのセックスフレンドには、腸が煮えくり返る思いだった。そこまでは確かなのだが、フブキをどう導くべきかなどわかるはずがなかった。
とりあえず、今すべきことは、その男をぶん殴ることではないように思えた。
そんなどうでもいいことより、フブキが見せようとしない涙を乾かしてあげたかった。
まだ間に合う。恋人ではないなら、相手方にもフブキを引き止める権利もない。
その病んだ恋心と葛藤さえどこかに吹き飛ばしてしまえば、フブキの笑顔は守れる。
そう意気込んで、マリンは部屋に置いてあった買い物袋から、唯一の打開策を取り出した。
全ての元凶でもあり、全てを解決する力を持っている……そんな全能の英知が収まった箱を掲げる。
「……フブちゃん! そういうときこそ……オナニーだッ!!」
マリンは最強の武器の封印を解き、その偉大な発明品で陰鬱とした空気をぶった切った。
手にしたものには、悩みを天空まで吹き飛ばす無限の可能性が秘められている。そのアイテムのエキスパートであるマリンは、そのことをよく知っていた。
「くすんっ……急になんだお前ぇっ……!? 今そういう空気じゃなかっただろ……!?」
「うるせぇー! あたしはこの家に、フブちゃんの下ネタを聞きにきたんだ!! 目当ての話が聞けないなら……こいつで吐かせるだけだぜ!!」
「ちょっ、待って、何すんの……!? きゃっ、ひゃっ、きゃあああーっ!? ズボンがっ……あっ、こらっ、パンツまで下ろすなぁ!!」
「がはははは! すげぇ、パンツにデカいシミができるぐらい濡れてる!! どんだけ電マを楽しみにしてたんだ!?」
「やめてぇ、恥ずかしいから言わないでぇっ……!! 助けてフブチュン……マリンにレイプされちゃうよ……!!」
「だーいじょうぶだって! ほら、あたし普段から手袋してっから!」
「いったいそれの何が大丈夫なんだよ!? 手袋してたらノータッチ判定になるとか言うつもりか!?」
「なるよ!! 攻めたイメージビデオなら、グラドルも手袋越しに触られてるから!! 布一枚かんでるからセーフだから!!」
マリンは堂々と言いきった。さらにまくしたてるように畳みかけて、フブキを解決策のない袋小路から引きずり出そうと企んでいた。
現実逃避と思考の切り替え。それらの難問を同時に果たせるものこそ、動物の三大欲求を満たす充実感である。つまりは、やけ食い、不貞寝……そして、性感への没頭であった。
この酷く湿っぽい空気のまま別れても、フブキは自慰ができるような気力も取り戻せないだろう。そう判断して起こした行動だった。
「船長はほら、フブちゃんのはじめての電マオナニーが危なくならないように、手伝ってあげるだけだもの! 粘膜にそのまま押し当てるなんて、ホントはやっちゃいけないことなんだから!」
「えっ……? そ、そうなの……?」
「そりゃそうでしょ、マッサージ機なんだから」
マリンの正論に、フブキはぐうの音も出なかった。
「船長はこいつを使うの慣れてるし、濡らしちゃいけない部分だって知ってる……気を付けることも教えてあげられるんだワ。これならレイプにも浮気にならないでしょ?」
買い物の際にも、マリンはフブキに用意しておいた方がいいものを全て教えていた。ラップや除菌ティッシュなどの補助製品も忘れていない。
「う、うう……ちょっと怖くなってきちゃったな…………ねえ、ほんとに、浮気にならない……?」
「ならないよ! だってあたし……フブちゃんのこと、大切に想ってるし……ただの思い付きで、こんなこと言ってるワケじゃないのよ? わりと本気で、善意でしか動いてないから」
「……マリンちゃん……」
孤独な傷心の身には、友人の過度で暑苦しい優しさが強く沁みていた。
「……ね。何もかも忘れられるぐらい、気持ちよくさせてあげるから……船長のこと、少しだけでいいから信じてみない? やっぱりダメだったら、すぐにビンタしてくれていいからさ」
「……ぐすん…………わかった……」
つらすぎる今の気持ちを、どうにかして忘れたかった。追い詰められていたフブキにとって、マリンの言葉はこれ以上ない甘言だった。
フブキは友人の誘いに乗り、ぬいぐるみを抱く力をゆるめることにした。