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「えっ、みっ、かっ、ちゃあん!」
ぶんぶんと大きく腕を振りながらそれが寄ってくる。絵美佳はうろんな眼差しを向けてため息をついた。嬉しそうに笑いながら駆けてくるのは順だ。
今日は休日だ。が、絵美佳はいつものように研究室に泊り込んでいた。絵美佳は啜りかけていたうどんをちゅるん、と吸い込んだ。絵美佳は今、食堂にいる。順は手を振りながら食堂に入ってきたところだった。
「見なかったことにしよう」
そう呟いて絵美佳はうどんに向き直った。呟きは順に届いたらしい。ええー、と情けない声を上げて順が寄ってくる。
「そんなあ。絵美佳ちゃんって冷たいなあ」
順はちゃっかりと絵美佳の正面の椅子を引いた。するりと滑るように椅子に腰を下ろす。その動きはしなやかな猫を連想させる。絵美佳は試しに頭の中で順と猫を比べてみた。神出鬼没なところも似てるかな。内心でそう呟く。
「あんたはいいわねー。いつも気楽そうで」
呆れた目で順を眺めつつ絵美佳はそう告げた。順はだらしなく肘杖をつきながら笑っている。その笑い方もどことなく締まりがない。
今日は巴には休みを言い渡してある。幾らヒューマノイドだといっても休息は必要だ。今日一日は機能停止して機体そのものを休ませている。専用ポッドで休む巴の姿を思い出し、絵美佳はほうっ、と息をついた。裸でポッドに横たわるその姿もまた絵美佳にとっては情欲をそそるものだった。
「気楽じゃないよう。これでも真面目に働きたいと思ってはいるんだよん」
子供のように唇を尖らせて順が主張する。だが絵美佳はそれを鼻で笑い飛ばした。思っているだけで出来れば苦労はない。思考を巡らせるだけで全てのことが実現するなら、絵美佳の思い描いているロボットはとうに完成している。
対戦予定のロボットの図面は既に出来上がっている。CGで作り上げた設計図は完璧ともいえる。現にそれを見た部員たちも今回のは凄い、と口を揃えている。絵美佳は自然と誇らしげに胸を張った。
「見なさい! 強力四号このかんっぺきさを!」
「見なさいってゆわれても。見えないよぉ、絵美佳ちゃん」
いつの間にか絵美佳は胸を張って立ち上がり、誰もいない食堂に手を向けてそう告げていた。だが順の困ったような言い草に絵美佳ははっと我に返った。いけない。ここは研究室ではないのだ。絵美佳は取り繕うために咳払いをして椅子に座り直した。
いつも賑わっている食堂は今日は静まり返っている。絵美佳のうどんを啜る音が妙に大きく響く。
「まあとりあえず、そんくらい強力四号は凄いってことよ!」
うどんを食べながら絵美佳はどん、と胸を叩いてみせた。順が不思議そうに絵美佳の胸元をみる。絵美佳の握った箸は偏った割れ方をしている。絵美佳は慌てて首を振って否定してみせた。
「これは、箸が悪いのよ! 安物の材木を使ってるから!」
「そうだよねぇ。箸が悪いんだよ」
力を込めた絵美佳の言葉を順は真顔で肯定した。腕組みをして目を閉じ、うんうんと頷く。
「こうさあ。意識してちゃんと割ろうとしても、どーしても偏っちゃうことってあるよねえ。バランスが悪くてさあ。食いにくいったらないの」
それからしばし、絵美佳たちは箸談義を交わした。順もきちんと割れない箸には相当に不満を抱いていたらしい。絵美佳が箸が綺麗に二つに割れないあらゆる可能性を挙げると、納得顔でそうそうと合鎚を打つ。
「そう、バランスよ! バランスが重要なのよ!」
いつものように絵美佳は箸を握ってそう力説した。左右が大きく偏っているとどうしてもうどんがつかみにくい。だがそれは絵美佳の箸の持ち方に問題があった。が、絵美佳はそんな自分のことは棚に上げ、ひとしきり箸のバランスについて語った。そもそも割り箸のように短い箸ならまだ我慢できる。だがとある国等で使用される長い箸ならどうなのか。話は次第に全く別の方向へと展開した。
「大体さあ。ホントはちゃあんと二つに割れるはずのものが、大幅に偏るってだけでいろんなバランス崩れてるよねえ?」
「そういうわけでもないわ。箸なら等分が最強バランスなのは当然だけど」
そう返しながら絵美佳は再びうどんに取り掛かった。汁は半ば冷めかけている。だが意外にも順と話をすることは絵美佳にとっても面白いものだった。いつもなら大声をあげて憤慨し、うどんを詰っていたところだろう。絵美佳はそう思いながら目を上げた。そうかなあ、と順が考え込んでいる。
「偏ってた方がバランスが取れることもある?」
困惑気味に順が問い返す。絵美佳は軽く頷いてちゅるん、とうどんを啜った。
「単純化して考えるわよ? 五項目に十点を割り振らなければならないとするわ」
そう言って絵美佳は箸の先を軽く振った。箸の間に溜まっていた汁が小さな音を立てて丼の中に落ちる。
「そして五項目の能力値によって、ロボットの勝敗が決まるとする」
そう言いながら絵美佳は左手を順の前に突き出した。五本の指をしっかりと見せる。順は興味深い顔をして絵美佳の話に聴き入っていた。
「五項目に全部二点、等分に割り振ったロボットはまあ、最弱ではないにしろ、最強には決してなり得ないわ」
均等に力を配分したロボットは逆に言えば量産するのには向いている。力が均等であるということは、突出して金をかけた部分がないということなのだ。それ故に使用される材料もそれなりのものになってくる。性能を上げようとすればするほどに材料も吟味しなければならない。そうするには当然時間もかかる。そして得てしてそういう材料は手に入れにくいものなのだ。
「等分に適当に割れば丁度いいバランスだなんで思ってる馬鹿は、いいカモになるだけよ」
「うわっ、何か痛いせりふっ」
いたたた、と順は顔を歪めて頭を押さえてみせる。絵美佳はふふん、と笑って箸を丼に突っ込んだ。残っていたうどんを箸でつかもうとする。だがうどんはするりと箸の間をすり抜けた。絵美佳は無言でもう一度、箸を操った。今度は何とかうどんが箸に絡まる。
「木村のKI77なんか特にそうね。なんでも出来るように見えて何もできない。開発のコンセプト決めてる奴自体が頭悪いのよ」
「うーわー。まあ、その通りなんだけどさあ。でもあれってばすぐに廃番にしたんだよお? さすがにオレもまずいと思ったからさあ」
順がぼやくように告げる。そしていつものように順はポケットからメモ帳を取り出した。何かをそこに書き付けている。どうやらインタビューも兼ねていたらしい。だが絵美佳はそんな順の態度を気にしなかった。うどんをかきこむ。
「改良型を八つ目まで作っておいて直ぐはないでしょ、すぐは」
「うはっ。ばれてるっ」
絵美佳は笑いながら順を箸でさした。順は情けない顔でテーブルに顎を乗せている。
「ふふんっ。プロなら当然よ!」
何のプロとは言わず、絵美佳はそう告げて胸を張った。ははは、と順が力なく笑う。だが順は急に慌てたように顔を上げた。そうだ、と手を叩いてテーブルに身を乗り出す。絵美佳は最後の一本のうどんを啜りつつ目だけを順に向けた。
割と良いコンビだと思いますw