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風が流れてコスモスを揺らす。それはいつかみたあの時の景色と同じだった。あの時と同じ情景に記憶が混乱しそうになる。水輝は歯軋りをして刀を振った。切っ先が傍らに咲いていたコスモスの花を切り裂く。
立城は軽々と飛び上がり、水輝に刀を振りかざした。
「どうしてこうなるかな!」
そう叫んで水輝は刀で刀を受け止めた。高い音が発したと同時に立城がくるりと宙で反転する。立城の目の前には三つほどの力の塊が生まれた。速い。水輝は呟いて蔦を避けて畳に手をついた。
轟音と共に畳から水柱が生える。立城はだがそれに構っていなかった。宙返りをしつつ短く息を吐き出す。三つの力は高速で空気を切り裂いた。
小さな輝きが一瞬で巨大化する。真正面と左右の二手に分かれた力は一気に水輝に襲い掛かってきた。床を強く蹴って飛び上がる。力は水輝の足元でぶつかり合い、破裂した。
格技場全体が揺らぐ。水輝は舌打ちをして刀を構え直そうとした。だが貫かれた肩に力がまるで入らない。
その一瞬の隙に立城は動いた。壁を蹴って水輝の懐に一直線に飛び込んでくる。声にならない叫びを上げた水輝の手から刀が滑って落ちる。立城の紫の刀は水輝の腹に深々と突き刺さっていた。
一つだけはっきりしたことがある。水輝は歯軋りして両手で立城の手首をつかんだ。力を込めて手を握る。はっとしたように立城が息を飲んだ。
「てめえが……日ごろ手加減してるってことがよく判ったぜ」
立城が自制心をなくせばこうなるのだろう。水輝は奥歯を噛みしめて握る手の力を強くした。耳障りな音がして立城が仰け反る。反射的に繰り出したのだろう。紫の鋭い刃が降り注いでくる。全身にそれを浴びながら水輝はそれでも立城の手を離さなかった。
立城が震える指を開く。立城の手から刀が離れた時を狙って水輝はその場から飛び離れた。腹に突き立てられたそれを力任せに引き抜く。血の溢れる傷口を乱暴に手で押さえ、とりあえず止血する。その間に立城は床に手をついていた。
「貫け!」
力ある言葉が響く。水輝は目を見張ってその場から離れようとした。畳から尖った木の根が生えて来る。あっという間に伸びたその内の一本が水輝の左の腿を貫いた。よろけた水輝の肩を別の根が貫く。水輝は激しい痛みに絶叫した。
「……俺の勝ちだな」
ぽつりと立城が呟く。その手首は既に癒えている。元々、立城と力を分けていた真也は防御と治療を得意としている。今、立城の意識は真也に完全に囚われているのだ。水輝は片目だけをゆるゆると開けた。
小さな呟きは声にはならなかった。だが水輝の呟きは力となって走る。手の中に感触を確かめて水輝は力任せに腕を振った。視界はもう殆どきかない。だが水輝は戻った刀に力を乗せ、床に向かって放っていた。
コスモスが宙に舞う。水輝の放った氷の刃はその場に生えていたものを全て切り裂いた。立城の展開した結界内にだけ植物が留まっている。
音を立てて血が畳に散る。水輝はだが傷の手当てもろくにせず、畳を蹴った。怒号を発して駆ける。立城はそんな水輝に向けてゆらりと片手を上げた。
結界の輝きが一際強くなる。水輝はそれにも構わず立城目掛けて走った。刀を両手にしっかりと握る。そして水輝は腹から声を上げて結界に刀を振りかぶった。青い光をまとった刀が結界と激突する。
結界が砕け散る。紫のベールは粉々になって宙に散った。立城が驚愕に息を飲む。だが立城の手には刀はない。水輝は一気に踏み込んで刀を突き出した。
「これで、終わりだ!」
「……お前がな」
水輝の叫びに立城は静かに答えた。振り下ろされた刀を素手で受け止める。そして立城は背中に回していた手を水輝の胸に繰り出した。
全ての音が消える。水輝は目を見張って何が起こったのかを理解しようとした。一瞬遅れて激痛に見舞われる。立城の手は過たず水輝の左胸に食い込んでいた。思わず咳き込んだ水輝の口から血が落ちる。
立城は薄い笑いを浮かべて手を動かした。体内に潜んだそれをわしづかみにされる。水輝は例えようのない痛みに叫びを上げた。
宝珠をつかまれた瞬間、水輝の手から刀が落ちた。がっくりとその場に膝をつく。立城は素手につかんだ水輝の刀を離れた場所へと放り投げた。刀身に傷つけられた手のひらを舐める。それだけで立城の手からは傷が消えた。
閉じていた目を静かに開ける。次に更なる衝撃が襲ってくることを予測していた水輝はそれを見止めて眉を寄せた。立城が水輝の宝珠をつかんだまま、俯いている。
「……とどめ……さすんじゃ……ねえのかよ」
掠れた声で水輝はそう訊ねた。肩は両方砕けている。全身は傷だらけだ。もう、動く気力は残っていない。唯一、あの刀が使えることは使えるが、それだけはしたくない。水輝はちらりと畳に転がった刀に目をやってから立城に視線を戻した。
その場に膝をつき、立城は何かを呟いていた。水輝は片目を僅かに細めて耳をすました。
「立城……」
立城がそう呟いている。水輝はため息をついた。宝珠をつかまれているために身体の自由は殆どきかない。水輝はだが口許に皮肉な嗤いを浮かべた。
「そりゃ……お前だろ……阿呆」
そう告げた瞬間、立城が顔を上げた。憎しみのこもった目が水輝を射抜く。視界が急に揺れて水輝は思わず慌てた声を上げた。立城が水輝の身体を畳に倒したのだ。
おや? 立城の様子が。