※この作品はR-18です。

魂の座 一部 凍えた魂   作:伊駒辰葉

109 / 240
ちょっと短いです。
エロシーンはありません。


六章
喧嘩を売りたいのに出来ない


 橙色の光が見える。多輝は眩しさにもう一度目を閉じた。薄く瞼を開ける。じわじわと目が慣れてくると、そこが自分に与えられた部屋であることが判った。

 

「お目覚めになられましたか?」

 

 聞き慣れない男の声に多輝は慌ててはっきりと目を開けた。瞼をこすって寝ぼけた気分を追い払う。多輝の眠るベッドの傍らに立っていたのは一人の青年だった。空色の淡い髪と瞳を持っている。そして多輝は青年から流れてくる波動を読んで深い息をついた。

 

「人……じゃないな?」

 

 確かめるように多輝は訊ねた。すると青年が深々と一礼する。その仕草は誰かを思わせる。誰だったかな。多輝が思いを巡らせている間に青年が口を開く。

 

「蒼、と申します」

 

 静かに告げながら蒼が面を上げる。多輝はそこで気付いた。この蒼と名乗った青年は立城の秘書である桜に似ているのだ。心の中で二人を比べていた多輝は次いで慌てた。蒼は人ではない。それなら桜は? 多輝の動揺を読んだのか、蒼は黙している。多輝は額を押さえて懸命に記憶を辿った。

 

 これまで多輝は立城の傍らにいるその女性のことを疑ったことはなかった。人だとばかり思っていたのだ。が、今ここにいる蒼の気配はどう考えても人のそれではない。何故、今はそれが判るのだろう。桜のことは全く判らなかったのに。

 

 多輝は額を押さえたまま目を閉じた。まざまざと脳裏に蘇ってくる光景がある。嘲笑を浮かべた水輝の姿が瞼の裏に蘇る。その瞬間、多輝は目を大きく開けてベッドから飛び降りた。

 

「あいつはどこだ!」

 

 水輝にこっぴどくやられたことをはっきりと思い出し、多輝はそう怒鳴った。蒼は多輝を見つめて静かに頭を垂れる。

 

「水輝様は現在、お手すきではありません。代わりにわたくしが御用件を承ります」

 

 どこまでも穏やかな声だ。だが顔を上げた蒼の面立ちからは優しいものが失せていた。多輝は一瞬、その表情に飲まれて声を失った。だがすぐに思い直す。苛立ちに任せて足音も高く蒼に歩み寄り、その首をつかむ。多輝は蒼に顔を寄せて吐き捨てた。

 

「ぶち殺す。そう伝えてくれ」

 

 低音で告げて多輝は蒼から手を離した。蒼はぴくりとも表情を動かさない。乱れたシャツの首を整え、蒼は静かに頭を下げた。

 

「多輝様には不可能かと存じますが」

「ああ?」

 

 蒼に背を向けていた多輝は怒りを込めて言いながら振り返った。静かな双眸に冷ややかな光をたたえ、蒼がもう一度同じ事を繰り返す。多輝は思わず怒りに肩を震わせて再度、蒼に向き直った。

 

「多輝様は水輝様がどういった存在であられるかをご存知ですか?」

 

 後ろに回した手を組み合わせ、蒼は静かに多輝に対峙している。多輝は苛立たしさに任せてそんな蒼を睨みつけた。自然と手がこぶしの形になる。力を込めて手を握る。腕を震わせる多輝に構わず、蒼は静かに続けた。

 

「ご存知ではないご様子ですね。それでしたらなおのこと、多輝様には無理かと」

 

 さらりと蒼が告げる。多輝は怒りに任せて蒼の胸倉をつかんだ。蒼が多輝に引き寄せられたように腰を少し屈める。だが抵抗する様子もない。

 

「喧嘩売ってんのか、てめえ」

 

 どすの利いた声で多輝は告げた。それでも蒼の様子に変化はない。しれっとした顔で告げる。

 

「客観的に事実を述べたまでです。今現在、多輝様が水輝様に勝負を挑まれるのは無謀、無茶、自殺行為としか言いようがありません」

 

 そう言いながら蒼は多輝の手に軽く触れた。すると驚いたことに多輝の指は本人の意志とは無関係に蒼から離れた。身体を起こして蒼が息をつく。多輝は勝手に動いた手を引き寄せ、言葉を失った。

 

「主に代わってわたくしがお相手しましょう。先ほどの主との乱闘で多少は多輝様の感知能力が開発されたようですから、まあ退屈はしないでしょうし」

 

 緩んだネクタイを蒼が引き抜く。多輝は絶句して蒼を見上げた。




ここから六章です。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。