あ、エロシーンはないです!
「だからさあ。出来れば今回の企画で失敗して欲しいんだよぅ。そりゃあさ。オトモダチの不注意だってことは判るよ。でもねぇ、オレ的にはそいつってばちょっとやりすぎだと思うし……」
そう話を締めくくって葵は口を噤んだ。哀しそうにため息をついている。優一郎も同時にため息をついた。確かに同情はする。実際に克俊が押しつけようとした企画にはかなりの問題点はある。が、スケジュールを考えると今から全く新しい企画を起こすのは無理だ。
「彼の仕様書には一通り目を通しました。さまざまな問題点はありますが、今回の勝利に必要充分なスペックを持っていると判断しました」
「うううう。やっぱ、ダメ? あうー。ボスに怒られるぅ」
情けない声で嘆き、葵がテーブルに突っ伏す。優一郎は深々とため息をつき頷いた。スケジュールの遅延はそのまま要の敗北を意味する。相手はあの絵美佳なのだ。きっともう設計図は完成し、実際に組み上げ作業に入っているだろう。
考えた末に優一郎は一つの提案をした。
「いえ。そちらがどうしても出来ないと仰るなら、こちらとしては違約金を払っていただいた上で、契約を破棄していただくという手もあります」
前回、要は絵美佳に惨敗してしまった。その際に使用された機体自体は悪くなかったのだ。が、当の企業は要の失態に愛想を尽かし、今後は手を貸さないと言ってきた。もし、違約金が手に入ればその企業との関係修復も可能になる。
「ただ、その場合でも、こちらとしてはあの企画に致命的な問題があったとは思えません。あくまで御社の中の問題として、処理していただくことになりますが」
そう告げながら優一郎はにっこりと笑った。半ば、身体を起こしかけていた葵ががっくりとテーブルに伏せる。
「やっぱムリかあ……。まあ、何の痛手も負わずに一人の人間をクビにするってのも難しいだろうしなあ……」
そもそも全然関係ないヒトに頼もうってのも変か。葵は力なく笑ってそう続けた。まるで見捨てられた猫のようだ。優一郎は肩を竦めて苦笑した。頼んだコーヒーのお代わりが運ばれてくる。だが今度は葵もウェイトレスに声はかけない。どうやら相当に落ち込んでいるようだ。
「まあ、そこまで仰るなら、僕も直接設計に参加してもかまいませんよ。企画レベルでの修正は今更無理ですけど」
あくまでもさらりと優一郎は告げた。すると葵が目を見開いて勢いよく身体を起こす。その勢いで立ち上がった葵は嬉しそうに目を輝かせていた。
「ホント!? ホントに!? うわ、ありがとお、優一郎くん!」
店内にいることも忘れたのか、葵は嬉しそうに騒いで優一郎の手を取った。そのまま上下に大きく振る。どうも葵にとってはそれが握手のつもりらしい。優一郎はまあまあ、と葵を制した。そこで我に返ったのだろう。葵が慌てて着席する。
「あっ、も一つ思い出した」
有頂天に騒いでいた葵が慌ててポケットを探る。優一郎はのんびりとコーヒーを啜った。設計に参加する旨については後日正式な打ち合わせが行われるらしい。
「あのねぇ。実は優一郎くんに折り入ってお願いがあるんだよねぇ」
言いながら葵は一枚の写真を指で押した。優一郎はさして気にせず写真を受け取った。目の高さに上げて驚愕に息を飲む。
「ボスの息子なんだけどさあ。……ほら、なんてゆうの? カノジョいない歴十六年?」
優一郎は写真を食い入るように見つめていた。そんな優一郎を余所に葵は手を口許にあてがって声を潜める。内緒話をするようにテーブルに身を乗り出して続ける。
「でさあ。登校中に一目見たカノジョに惚れちゃったはいいけど、根性なしらしくてさあ。もう、部屋にこもっちゃって鬱々じょーたい」
噂話を楽しむ主婦のように葵が手をぱたぱたと振る。だがそれを優一郎は全く見ていなかった。遠目に映されたその姿を見つめる。写真を握るその手が小刻みに震え始めたことにも優一郎は全く気づかなかった。
「さすがのボスも呆れたんだけど、まあ? 親だから? 心配じゃあん。んなもんで、ゼヒゼヒ、息子くんを憧れのカノジョに会わせてやりたいと。まあ、こゆ訳なんだけど」
ぱちん、と目の前で音がする。優一郎は呆然としたまま目を上げた。葵が優一郎を拝むようにして目をかたく閉じる。
「おねがいっ。ゼヒ、情けない息子に要ちゃんを紹介してくんないかな? いや、もちろんタダとは言わないからさあ!」
葵は必死でせがんでいる。だが優一郎はすぐには返答できなかった。写真に写されていたのは紛れもなく多輝だったのだ。いや、本人かどうかははっきりと判らない。それでも写真の中に立つその姿を見た優一郎は呆然となっていた。
それからの葵の話を優一郎はきちんと聞き取れなかった。とりあえずまた会う約束だけを交わして研究室に戻る。写真は優一郎のポケットにある。優一郎は夢遊病者のような足取りで私室である地下二階に向かった。
電話を取る。優一郎は震える手で番号を押した。それは木村総研株式会社の社長室に直通の電話番号だった。ほどなくして女性が応答する。優一郎は名前だけを告げた。女性は不審そうにしていたが最後には教えてくれた。どうやら今日は社長は早目に帰宅したらしい。優一郎は自宅の番号を教えてもらって礼を述べた。
コール五回で相手が出る。穏やかな男性の声がした。どうやら社長本人らしい。優一郎は名乗ってから二、三の質問をした。男性が快くそれに応えてくれる。時折、声が途切れたのはきっと言葉を選んでいたからだろう。
『……そう、息子が一人いるよ。ああ、親の私がいうのも何だがあれで女の子にはもてるらしい』
そう言って男性が小さく笑う。なのに女の子一人、口説けないのだ。そう告げた男性の口調は優しい。優一郎はそうですか、と言って電話を切った。深々とため息をつく。どうやら葵の言っていたことは本当らしい。少なくともそれは確認できた。
一体、どういうことだ。優一郎はしばし、佇んだまま考えを巡らせた。
多輝似の少年と要は出会えるのでしょうか(棒