エロシーンはないです。
今の都子の器は本来の都子のものではない。とある誰かの肉体に都子の精神が宿っているのだ。元々の都子の体は今、静かな眠りについている。そしてこの新しい器が問題なのだ。
造作が水輝に似ているのはまあ我慢できる。都子はかつて知り合った水輝をさほど嫌ってはいなかったからだ。そして水輝本体でないことも判る。なのにこの器は恐ろしいほどに力に順応してしまうのだ。
都子は日々、器と共存できる方法を模索している。この器が万が一、失われてしまえば意識は今度は完全に消えてしまうだろう。それでは困るのだ。考えを巡らせつつ都子は親指の爪をぎり、と噛んだ。
「その上、私に男装をしろと? 先日、写真を撮ったばかりでしょう?」
順は数日前に都子に男になってくれと拝み倒した。この器は元々、龍神のそれだ。性別を変えることも可能ではある。が、都子はずっと渋っていた。冗談ではないというのが本音だった。それでも都子は最後には仕方なく順の要望に応えた。はっきり言って不本意極まりなかったが、写真の一枚くらいならと我慢出来たのだ。
だが今度は男になってどこぞに付き合えと言う。都子はぴくぴくと片頬を震わせた。順がそろそろと都子から離れていく。
「だ、だってさあ。力使ったらバレそうなんだもん」
「それは私の正体が知れるということではないの? 男になるにしろこのままにしろ、この器では到底、力は抑えられませんし」
結局、都子は順の目的も聞かないままでそう訊ね返した。順が珍しく弱気になっているところに気が向いてしまったのだ。はっとした時にはもう遅かった。順がうんうんと頷きながら都子に近づく。都子は反射的に身構えた。
「べ、別に協力するとは言っていませんから!」
「だいじょぶだよお。心配しなくても力を抑える方法はあるし」
にっこりと順が笑う。だがその笑みはどことなくだらしない。都子は苛々しながら頭をかいた。順はいつも都子のペースを崩す。それがわざとなのだと判っているのに、どうしても自分のペースに持っていけない。そもそも順がどれだけ都子に真実を打ち明けているのかも判らない。深々とため息をついて都子は伏せていた目を上げた。
「とにかく、そのお話はなかったことに」
「ええ! だってさっきおっけーしてくれたじゃん!」
声を裏返らせて順が喚く。都子は順に出て行けと手を振った。が、順は振っていた都子の手を取って目を潤ませている。どこまでが本気なのだろう。都子は呆れた思いで順の手を振り払った。ふて腐れて順が床にしゃがみ込む。まるで子供のようだ。
「……お兄さま。その手は私には通用しませんことよ? 何度も引っかかったりはしませんっ」
都子はそう言い捨ててそっぽを向いた。やれやれ、とため息をつきながら順が立ち上がる。その顔には先ほどよりは幾分かまともに見られる笑みが浮かんでいた。久しぶりに見る順の表情に都子はあら、と目を丸くした。
「まあ、真面目な話、都子のその身体はどうにかしなきゃなんないだろう? いつまでもそのままでいられるとも思えないしね」
「確かにそうですけど」
それは都子にもよく判っていた。器が全くの空であれば問題はなかったのだ。が、それでは龍神としての器は逆に保てなかっただろう。そもそも龍神の器は力そのもので構成されているのだ。
都子は数少ないフェイクの成功例だ。それ故に力の大きさだけなら下手をすると順を上回る。そんな都子だったからこそ、どうしても力のある器にしか入れなかったという理由もある。
けれどその器は今も刻々と変化しているのだ。時折、有り余った力に都子自身が傷つけられることもある。大抵はそうなる前に力を放出してはいるのだが、間に合わない場合があるのだ。
このまま器が保てるとは到底思えない。都子は自然と俯いてしまった。そんな都子の肩を順が軽く叩く。
「心配するな。きっと何とかするから」
「でも」
順の元に戻れたことは嬉しい。素直に良かったと思う。都子は兄に対するより激しい想いを順に抱いている。それ故に順と離れたくないと思う。そして順もまた、都子を手放す気はないのだ。
それが例え人形としての私でも。都子は内心でそう呟いた。
「まだオレは諦めない。絶対に。覆す方法はある筈だから」
囁き声で順が告げる。もしかしたら誰に聞かせるつもりもなかったのかも知れない。都子が驚いて見ていることに気付いたのだろう。順が顔を上げて笑う。
「都子は何も気にしなくていいんだってば。ほら、そろそろお茶の時間だよん。オレ、クッキーもいいけどアップルパイも食べたいなあ」
言いながら順がバルコニーに向かう。都子は苦笑して頷いた。
都子、苦労性です。
そう考えるとこの兄妹はよく似てるかもです。