※この作品はR-18です。

魂の座 一部 凍えた魂   作:伊駒辰葉

125 / 240
前のシーンの続きです。
エロシーンはありません。


消息不明 2

 部屋に連れられて熱い紅茶を押し付けられる。要は順が差し出したそれを震える手で受け取った。要自身が思うより、その身体は冷え切っていた。手際よく花束を花瓶に活け、順が部屋に戻ってくる。

 

「それで?」

 

 要を落ち着かせるためにか、紅茶には少量のブランデーが落とされていた。要はため息と共に熱い紅茶を一口すすった。じんわりと身体に温かさが染み込んでくる。

 

 それから要は今朝からの栄子の様子を話した。気が動転していたため、話は何度も前後する。だが順は根気よく要の話を聞いていた。

 

「とりあえず栄子さんの会社に電話してみよう」

 

 言われるまで要はそうすることに気付かなかった。慌てて頷いて携帯電話を取り出す。メモリーを探って目当ての番号を液晶画面に表示させる。

 

 だが要の期待も空しく、栄子は会社にはいなかった。本格的に動揺した要はその内容を聞いてからまともに話をすることが出来なくなった。涙ぐむ要の手から順が携帯電話を取り上げる。

 

「それで、栄子さんは今朝は出社されたんですよね? ……ああ、正確な退社時間とか判ります?」

 

 順は要に代わって残業中の社員と話し始めた。要は紅茶のカップを両手に握り、俯いた。何が起こっているの。不安が心を占め、どうしていいか判らなくなる。いつも傍にいてくれる野木と周藤は今日はいない。栄子と二人きりの誕生日を過ごすために、二人とは学校で別れている。

 

「はい、どうもありがとうございました」

 

 小さな電子音が鳴る。要は頭を上げてすがりつくように順を見つめた。が、順は力なく首を振る。

 

 栄子は今朝、いつもと同じように出社した。退社時間はいつもより早く、定時過ぎには会社を出たのだという。順の話を聞くうちに要は真っ青になった。恐らく、帰宅途中で何かがあったのだ。順が要の思った通りのことを告げる。

 

「栄子さんが行きそうな場所に心当たりは?」

 

 電話を差し出しながら順が告げる。要はあれこれと思い浮かべて首を振った。仕事絡みならともかく、栄子が帰宅途中に寄り道するとは思えない。

 

 今日は私も早く帰るわね。二人でお祝いしましょう。

 

 そう告げた時の栄子はとても嬉しそうに微笑んでいたのだ。今日に限って余計な寄り道をするとはどうしても思えない。なのになぜ、栄子は戻らないのだろう。様々な考えを巡らせる要は自然と黙り込んでいた。

 

「要ちゃん」

 

 少し強い口調で呼ばれ、要はびくりと身体を震わせた。学校内のトラブルであれば冷静に対処できる。だがこの時の要は冷静さを取り戻すことが出来なかった。厳しい順の眼差しに怯えるように目を背ける。

 

「とにかくお父さんに連絡した方がいいよ。今、家にいないんでしょ?」

 

 言われて要ははたと気付いた。そうだ。父親に電話すれば何か助言をしてくれる。要は急いで父親に電話をかけた。要の父は今、海外に出かけている。国際電話の接続を待つ間、要は苛々と爪を噛んだ。

 

 寝ぼけた声の父親が電話口に出る。要は咳き込むような勢いでまくし立てた。

 

「お父様! お母様が帰っていらっしゃらないの!」

 

 だが焦る要の気持ちとは裏腹に父親の応答は実にのんびりしたものだった。栄子は幾つかの会社のオーナーをつとめている。それだけに急な予定変更はよくあることだ。いい大人なんだから一晩くらい帰らないこともあるさ。そう告げた父親は絶句する要に笑いかけて電話を切ってしまう。要は呆然と電話を片手に立ち竦んだ。

 

「要ちゃん。とにかく落ち着いて。ほら、まず座って。電話はそこに置かなきゃ」

 

 受話器を握って佇む要に順が声をかける。要は操り人形のように順の言葉に従った。淹れ直した紅茶を押し付けられる。黙っていると順は強引に要にカップを握らせた。要が座った椅子の前に膝をつき、顔を覗き込む。順は無言で要の手を包むように握り、カップを持ち上げた。

 

「ほら、飲んで。熱いから気をつけてね」

 

 熱い紅茶を一口飲むと、要の目には涙が浮かんできた。声を殺して目を伏せる。

 

 父親はどうして栄子が今日に限って早く帰宅するのか判らないといった様子だった。要に事情を説明する余裕がなかったことは確かだ。だが要はそれ以上に哀しい気持ちになった。

 

 娘の誕生日すら覚えていないなんて。唇を噛んで俯く。

 

「じゃ、オレちょっと行ってくるから」

 

 そう言って順が腰を上げる。要はえ、と顔を上げた。涙に濡れた頬が光る。順は苦笑してそんな要の頬を指で拭った。呆然とする要に片目を閉じ、順はおどけた調子で両手を広げた。

 

「とりあえず、栄子さんの会社からここまでの道、辿ってみる。キミは大人しくオレの連絡を待ってるように」

「どうして! わたくしだってお母様のことは心配なのよ!? 一緒に行くわ!」

 

 慌てて要は立ち上がった。が、順が意外にも強い力で要の肩を押さえる。沈むように椅子に戻され、要は目を上げた。順が真剣な目で要の顔を覗き込む。

 

「キミはダメ。女の子がこんな時間にちょろちょろしたら危ないでしょ?」

 

 そう言いながら順が部屋の入り口に向かう。要はぼんやりと順の背中を見送った。片手を上げて順が去る。部屋に一人きりになると要の不安は一層、強くなった。

 

 一晩中、順はあちこちを探し回ったらしい。朝になって要の家に戻ってきた順は疲れ果てたように玄関に倒れこんだ。夜が明けても連絡の一つもないため、さすがに使用人たちも栄子のことを心配し始めた。屋敷全体が騒然とする。

 

 警察に届けた方がいんじゃないかな。順が力なく告げた。が、その提案は電話越しに父親に却下された。如月家の恥になると言われた要は父親にそれまで溜まっていた怒りをぶつけた。それでも父親は如月家の主だ。使用人たちは主の意向に逆らう訳にはいかない。

 

「要ちゃんは学校に行かなきゃ」

 

 こんな時に行ってられますか。要は順の言葉にすかさずそう言い返した。が、順はそんな要の頭に手を乗せ、言い聞かせるように告げた。

 

「大丈夫。オレが代わりに探すから。何かあったら連絡も入れるから。だから行っておいで」

 

 本当は疲れ果てているのだろう。順の顔色は悪い。だが要はそんな順にそれ以上、言い返すことが出来なかった。

 

 だがこの日を境に栄子が家に戻ることはなかった。




栄子さん大ピンチです。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。