エロシーンはありません。
硝子張りのケースが部屋の中央に据えられている。丁度それは水槽のような格好で面と面の合わせ目に金属の枠が嵌められている。天井部には金属の蓋が被られており、蓋の部分には幾つものコードやパイプが繋がっている。
三メートル四方の硝子の箱を囲んでいるのは数人の子供たちだ。彼らは一様に手にスケッチブックを持っている。
「今のところは問題ありません。一号から八号まで順調に生育しております」
淡々と告げる白衣の男に頷き、順は口許に笑みを浮かべた。一人の子供のスケッチブックを後ろから覗きこむ。真っ赤なクレヨンが殴るように紙に線を描く。
「拒絶反応は全く出てないの? それだったら今回の実験はかなりいい感じで進んでるよねえ」
順は笑いながら告げて子供のクレヨンに手を伸ばした。あー、と不服そうに声を上げて子供が振り返る。少年の頭には真っ黒なヘッドセットが嵌っている。これは生まれてすぐに嵌められる特殊な装置だ。
「もうっ、お兄ちゃんっていつもボクの邪魔するんだからあ!」
「えー。だってさあ。いっくんが可愛いから」
いっくん、と順が称したのは実験体一号のことだ。ぷっと頬を膨らませて少年がそっぽを向く。順はごめんごめん、と軽い口調で詫びてクレヨンを箱に戻した。
「ねえねえ、あたしのも見てっ。可愛くかけたでしょ?」
少年の隣で声を上げたのはほっそりとした身体つきの少女だ。こちらは実験体二号。順はいつも少女のことをにゃあちゃんと呼んでいる。順ははいはい、と返事して少女のスケッチブックを覗き込んだ。
「うん、にゃあちゃんのもいい感じだねぇ」
「順様。次の報告、よろしいですか?」
脇に立っていた白衣の男が告げる。順はああ、と笑って屈めていた腰を伸ばした。促されるままに部屋の隅に移動する。そこには二脚のパイプ椅子が据えられている。悠然と腰を下ろし、順は組んだ足の上に肘をついた。手に顎を乗せて子供たちを眺める。
「知能的に優れているのはやはり一号ですね。八体の中でも突出しています」
携帯端末を操作しつつ、男が告げる。ふうん、と口の中で呟いて順は口許に笑みを浮かべた。子供たちは楽しそうにスケッチを続けている。
「ですが、能力的には七号が優れています。これは先の実験におけるデータなのですが」
言いながら男が携帯端末を傾ける。順は液晶画面を覗き込んで感嘆の声を上げた。予想以上の結果だ。
「なるほどねぇ。ななちゃんかあ」
呟くように言いながら順は視線を動かした。賑やかに笑い合う子供達の中で、一人黙々とスケッチを続けている少女がいる。その少女が男の告げた七号だ。淡い茶色の髪を腰は腰まで伸びている。面立ちはどことなく少年を思わせる凛々しさがある。ふうん、と順はしばし少女を観察した。
「拒絶反応を示した個体はありません。性格的にも問題はないでしょう。ただ」
そう告げて男が顔を曇らせる。年若いこの男は子供達の教育を担当している。学校で言えば先生のようなものだ。現に子供たちはこの男を先生と呼んでいる。
「性的刺激を反射的に拒絶する個体も若干名おりまして」
「えー。それじゃつまんないじゃん」
順はすかさず不満を述べた。唇を尖らせて拗ねた顔になる。男はハンカチでしきりに額を拭いながら続けた。
「ぜ、全力を尽くしておりますが、何しろまだ生体データが完全には揃っておりませんで」
男がハンカチで額を拭う。順はそんな男を横目に少し笑った。するとびくりと男が身体を震わせる。その顔は次第に青ざめていった。
「無能な部下って嫌いなんだよねえ、オレ。何だったら交替する? ほら、新しいコがこないだ入ったんでしょ? あのコもなかなかいい感じだったし」
言いながら順はにやにやと笑った。すると一気に男が蒼白になる。この研究所から追い出されるということは、死を意味する。順はからかうように男を肘でつついた。
「もっ、申し訳ございません。早急に対処いたします」
「うん、明日までにね」
返事も待たず、順は立ち上がった。椅子に腰を下ろしたまま男が愕然と目を見張る。順は白衣のポケットに両手を突っ込み、再び子供たちに近づいた。
「ねえねえ。これから新しい遊び、しよっか」
声高に告げると子供たちがわあ、と歓声を上げる。順は子供達に笑いかけながら硝子ケースを指差した。子供たちが一斉にケースを覗き込む。
「一等賞を取ったらプレゼントを買ってあげるよ」
すると間近にいた少年が順を振り仰ぐ。その目はきらきらと輝いていた。
「あのね! ボク、このあいだ観たのが欲しい!」
少年が欲しがったのは流行りのアニメーションのキャラクターを模したロボットだった。精巧に出来たその玩具は関節部が自由に動かせる上に、遠隔操作することも可能だ。うんうん、と順は少年に笑ってみせた。
じゃあボクは、あたしは。続けて子供たちが口々に欲しい物を言う。順ははいはい、と彼らにいちいち頷いた。
「判った判った。じゃあ、一等賞のコには一番欲しいものをあげるから」
一斉に子供たちが嬉しそうに声をあげる。だがその中で一人、俯いて黙している少女がいた。順は周りに集まった子供たちを避け、少女の元に近づいた。視線を合わせるために少女の傍に屈みこむ。
「どしたの? ななちゃん。欲しいもの、ないの?」
順は優しい声音でそう訊ねた。七の番号を振られた少女は頬を染めて俯いている。順は笑みを浮かべて少女の手を取った。柔らかな子供特有の肌を指で撫ぜる。すると少女は決心したように顔を上げた。
「あのね、私」
小声で告げて少女が首を傾ける。少女に合わせて順は耳をその口許に寄せた。小さな声が順の耳の奥をくすぐる。
少女の願いを聞き、順は苦笑した。正面から少女の目を覗きこむ。
「いいよ。ななちゃんが一番になったら」
抱いてあげるよ。順は唇だけでそう刻んだ。すると少女がぱっと表情を輝かせる。順は笑って少女の肩を叩き、腰を上げた。子供たちは夢中で自分の欲しいものについて話を続けている。軽く手を鳴らし、順は子供たちを制した。
「はいはい。じゃあ、今からアレを使って遊びまあす。みんな、自分の椅子に座ってアレを見てねぇ」
言いながら順は硝子ケースを指差した。そのまま子供達一人一人の顔を見やる。どの顔も真剣そのものだ。
「一番にアレをいかせたコの勝ちね。じゃあ、よーいどんで始めようか」
子供たちが硝子ケースの中に視線を向け、右手を上げる。八人分の小さな手が硝子ケースにしっかりと触れる。順は笑って子供たちに合図を送った。一斉に子供たちの身体が淡い光を帯びる。
順は静かに硝子ケースに目を移した。完全防音のため、ケース内の音は全く漏れてこない。ケースの中で座り込んで引きつっているのは栄子だ。一糸まとわぬ姿で栄子は怯えるように視線を彷徨わせている。栄子にはケースの外の様子は全く分からないのだ。
人の目には映らない細く頼りない力の触手が無数に伸びている。順はその様を眺めながら薄く嗤った。
木村関連は割とえげつねーことになってますw