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「ちょっとお。笑い事じゃないわよ。坊や、高校生くらいでしょ? 昼間っからこんなところに来ないほうがいいわ」
女性は絵美佳の目には三十前くらいの年齢に見えた。真っ赤な口紅が酷く印象的だ。絵美佳は真っ直ぐに女性を見つめて微笑んでみせた。
「おねえさん、いい人だね」
すると女性は困惑したように視線を彷徨わせ、次いで頬を微かに染めた。
「べ、別に私はそんな上等なもんじゃないわ。とにかく、ほら」
ほっそりとした手が絵美佳の背を押す。だが絵美佳はその場から動かなかった。女性が困ったように首を傾げる。きっと彼女はこの辺りで一晩を過ごしたのだろう。どこか疲れたような表情を見る限り、仕事の帰りなのかも知れない。
「ちょっと坊や? 本当にこの辺はまずいのよ」
念を押すように告げ、女性はさりげなく絵美佳の左に回った。見ると女性の背後を一人の男が過ぎて行く。獲物を狙うように周辺を見ている男の様子から、絵美佳は納得した。どうやら自分の容姿は男女問わずもてるらしい。
「俺、実はおなか空いてて食事がとれる店を探してただけなんだけど。おねえさん、いい店知らない?」
「それなら余計にこの辺じゃダメね。いいわ。私が案内するわ」
そう言って女性は絵美佳を促して歩き始めた。全く、たまに街に出るといろいろと面白いことがある。
「ありがとう。おねえさん、やっぱいいひとじゃん」
歩きながら絵美佳は告げた。すると女性が照れたように笑う。聞けば女性には絵美佳と同じ年頃の弟がいるらしい。たまに街に出ると面白いことがあるもんだ。絵美佳はのんびりとそんなことを思いながら女性と並んで繁華街に戻った。
女性は絵美佳に気前よく食事を振る舞ってくれた。絵美佳も遠慮なく女性の好意に甘え、腹を満たした。だが絵美佳が何度名乗っても女性は坊やの呼びかけを変えてくれない。
「そうそう。坊やがもう少し大きくなったらお店に遊びに来てね。うんとサービスするから」
そう言って女性が出した名刺はとあるピンクショップのものだった。絵美佳は答えを濁しながら名刺をポケットにしまった。
絵美佳は不思議な気分だった。女の時には味わったことのない奇妙な時間だと思った。女性が特に絵美佳に色目を使っている訳ではない。だがもしも絵美佳が女であれば、対応が違っていたのではないか。そんなことも考える。
「今度、俺のほうがおごっていいかな? おごられっぱなしだと悪いし」
何気なく絵美佳は告げた。すると女性が困ったように笑う。
「いいわよぅ。高校生にたかる気はないもの。これでも売れっ子なのよ?」
そう言って女性がにっこりと笑う。きっとそれは営業用の笑みなのだろう。それまでとはどこか違い、笑みには艶やかさが含まれている。絵美佳は笑って首を傾げた。なるほど、確かに女性は店では人気があるのかも知れない。そう思う程度には女性の顔立ちは整っていた。
だが楽しい会話を交わしていても女性は名乗ろうとはしなかった。名刺に刷られた名前はアケミ。きっとこれは本名ではないだろう。そして絵美佳もまた、自分の本当の名前は口にしなかった。
ロボットを操作する間だけ、絵美佳はトイレに立った。そんな時、アケミは気軽に絵美佳に手を振った。
「じゃあ、そろそろ私、お暇するわね。坊やはどうするの?」
「どうしよっかな」
椅子から立ち上がりかけたアケミは考え込む絵美佳を見つめ、静かに腰を戻した。顎に手を当てて目を閉じる。絵美佳は頭の中で色々なことを考えた。アケミとの縁は何故かここで切る気になれない。かと言ってアケミが言うように店に遊びに行くわけにはいかない。
「アケミさん。ひとつ賭けをしない?」
絵美佳はそう言いながら伏せていた目を上げた。アケミが不思議そうに首を傾げる。
「どんな賭け?」
「もし、またアケミさんと偶然街で出会えたら。その時は大人しく俺に奢られてよ」
絵美佳は人差し指を立てて微笑んだ。するとアケミが驚いた顔になる。次いでアケミは小さく笑った。絵美佳の立てた指に自分の指を触れさせる。赤いマニュキアが店内のライトを受けてきらりと光る。
「いいわ。その時を楽しみにしているわね」
そう告げてアケミは席を立った。ハンガーにかけていたコートを羽織る。鞄を取り上げたアケミはにっこりと笑って絵美佳に手を振った。その手がさりげなく伝票をつかんでいく。
「アケミさん、これ」
テーブルを離れようとしたアケミに声をかける。アケミは絵美佳に呼ばれて振り返った。絵美佳はポケットから一つの瓶を取り出した。茶色の小瓶は市販のドリンク剤のそれだ。が、封は既に切られている。
「なあに? これ」
アケミが小瓶を取り上げる。絵美佳は笑ってアケミを振り仰いだ。アケミは珍しそうに瓶を見ている。だが絵美佳がにっこりと笑いかけると何も言わずにバッグにそれをしまった。片手を上げて去っていく。
絵美佳は一人、席に残って腕を組んだ。目を閉じて呼吸を潜める。そう、きっと気にしなければいいのだ。街で偶然すれ違うだけの人間などごまんといる。その容姿が例え多輝に似ていたとしても、気にしなければいいだけのことなのだ。
えろ、と入力すると……「エロシーンはありません。」か、「エロです! 直してません!(居直り」が出てくる悲しさw