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「……この奥、ですの?」
ためらいがちに要が声をかける。優一郎は肩越しに振り向いて頷いた。
「ええ。この奥です。どうぞ」
扉を開けてから優一郎は振り返った。地下に入ろうとする要を手を上げて制する。優一郎はポケットから携帯端末を出してスロットに真新しいカードを入れた。二秒ほどでIDカードが出来上がる。
「仮IDパスカードを発行します。これを身に着けてください」
要にカードを差し出す。要は優一郎とカードを見比べてそれを取った。優一郎が指し示した胸にカードをつける。優一郎は頷いて地下に進んだ。後ろから要が入ってくる。扉を閉めると急に周囲は暗くなった。要が小さな悲鳴を上げる。
一つ、また一つと明かりが灯る。全てのライトが灯ると地下に続く廊下は真昼のように明るくなった。要が眩しそうに目を細める。優一郎は静かに先に進んだ。
「いらっしゃいませ」
出迎えたのは保美だった。メイド姿の保美に驚いたのだろう。要が廊下で足を止める。だが優一郎は軽く保美に頷いて要を促した。驚愕と不安を満面に表しつつ要がついてくる。
優一郎は研究室の一つに入った。第四研究室は今、無人だ。機体の調整中である斎姫は別の部屋にいる。カレンは地上だ。そしてちなりは今は外出中。ここにいるのは先ほどの保美とその妹の果穂だけだ。果穂は優一郎の与えた部屋から普段は出てこない。要と鉢合わせになることもないだろう。
「凄い施設ですわね。……いつの間にこんなものを」
それまで忘れ去られていた生徒会長の顔が要に戻ってくる。優一郎はにっこりと微笑んで部屋の隅のロッカーに向かった。特に必要という訳ではない。殆ど習慣になっているだけだ。ロッカーから白衣を取り出して袖に手を通す。そんな優一郎を要は訝しそうに見つめている。
「姉に負けたくはないですからね」
そう告げて優一郎は僅かに表情を緩めた。すると要が途端に怒りの形相になる。
「そうですわ! おのれ、吉良絵美佳! 見てらっしゃい!」
どんな時も絵美佳への怒りは忘れられないらしい。そんな要に苦笑して優一郎は端末に近づいた。スイッチを入れて立ち上げる。要は憤慨しつつも優一郎の傍に寄った。腕組みをして端末を見る。
「そういえば吉良君は吉良絵美佳とは仲が悪いの?」
優一郎が端末に向かい操作しているのを眺めながら要が訊ねる。そうですねぇ、と優一郎はぼやくように呟きながら軽くキーを弾いた。
「特に、仲が悪いということはないと思いますけど。やはり、負けたくはないですよ」
「だからお母様に協力することにしたの? つまりはわたくしに力を貸してくれるという意味ですけども」
背後で告げる要の声にはよどみはない。もしかしたら絵美佳のことを思い出して少しはいつもの調子が出てきたのかも知れない。要は興味深そうに周囲を見回している。優一郎は小さく笑って目当てのトレーサーを立ち上げた。画面にこの近辺の地図が表示される。
「姉に勝ちたいというよりも、父に勝ちたいという気持ちが強いかもしれません」
栄子に告げたのと同様のことを口にしながら優一郎は頷いた。肯定の意だと認識したのだろう。要がなるほど、と口の中で呟く。
「あの女に勝てばあなたの父上に勝てる、と? こう理解して構わないかしら」
恐らく要は総一郎のこれまでの業績を知らないのだろう。不思議そうな面持ちで告げる。優一郎は言葉を濁して解答を避けた。キーボードを叩いて入力画面を表示する。
「行方不明になったと思われる日時をインプットします」
言いながらキーを弾く。要は優一郎の腰掛ける椅子の背をつかみ、優一郎の肩越しに画面を覗き込んだ。まるで睨むようにして画面を見つめる。
日時を入力してスタートボタンを押す。すると画面上の地図に点が一つずつ記された。その点の上には小さな文字で時間が記されている。目標の捕捉は五分単位で行われる。その時間を表示しているのだ。
「……これがそうですの?」
要が点の一つを指差す。優一郎は頷いて次に表示された点を見た。ここから大分、離れている。地図で場所を確認するとそこは栄子の会社から少し遠い街だった。時間は七時。どうやら会社帰りにどこかに寄り道したらしい。
「ええ。栄子さんはこの日時にはこの地点に居たことを示します。暗示をかけた相手の再干渉を警戒して念のための措置として記録をとっておいたんですが」
まさか役に立つことになるとは。そう付け足しながら優一郎は次に表示された点の場所を確かめた。唐突に点が大きく移動している。目を細めて優一郎はキーを操作した。一時的に表示をストップさせる。
「……ル・ファーブル」
要がぽつりと呟く。優一郎はえ、と振り返った。要は目を見張って画面を見つめている。その目尻に光ったものを優一郎は見逃さなかった。
フランス語とかわかんにゃーい!wwwww
(名前をつけた時は何も考えてなかった)