※この作品はR-18です。

魂の座 一部 凍えた魂   作:伊駒辰葉

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前のエピソードの続きです。
エロシーンはありません。


割れないコップ 2

「こう、例えばコップが一個、あるとするじゃん?」

 

 唐突に話が切り替わる。優一郎は瞬きを数度繰り返し、言われる意味を噛みしめつつ頷いた。水輝は話を判りやすくするためなのか、空の紙コップを目の前に翳している。それを軽く振って水輝はいいか、と続けた。

 

「このコップに一杯の水を入れたとする。普通、それ以上は入らないよな?」

 

 目の前に翳されたコップを見つめ、優一郎は考えた。口まで満たされたコップに更に水を注ぐのは無理だ。当り前のことなのに優一郎は素直に頷けなかった。普通、という水輝の言葉に引っ掛かりを覚えたからだ。

 

「そう、普通は入らない。けど……例えば水が形を変えたら? 容量以上の水を入れることが出来るんじゃないか?」

「ですね。少なくとも、例えば一般に知られてる物理法則に従っていてさえも可能です。例えば氷点ぎりぎりまで温度を下げれば、水の体積は縮みます。そうすれば、あと少し水をいれられるでしょう」

「そしてそれを一気に凍らせるとどうなるかな?」

 

 水輝は笑いながらコップを軽く振ってみせた。クイズだろうか。いや、この設問にはもっと別の答えが隠されている筈だ。そう思いながら優一郎は伏せていた目を上げた。

 

「今度は膨らんで、コップが割れる可能性もありますね」

「かたいコップならそうかもな。でも紙コップならどうだ?」

「あっ、膨らんで、受け止めますね。そうしてからまた水にもどせばさらに水を入れられますね」

 

 優一郎はぽん、と手を叩いてそう答えた。水輝がにやりと笑う。不意に飛んで来た紙コップを優一郎は慌てて受け止めた。困惑に駆られつつ水輝を見る。水輝は先ほどまでと同じく街に目を向けている。

 

「つまり、そういうことだ」

 

 じん、と手に冷たさが染みる。いつの間にか水輝の持っていたコップの中にはいっぱいの氷が入っていた。

 

「わかったようなわからないような」

 

 苦笑しながらコップを両手で包んでみる。膨らんだコップと口許まで満たされた氷。それを見つめていた優一郎の顔からゆっくりと笑みが消える。

 

「簡単だろ? 詰め物を増やした分だけ器には無理が出る。だから無理して壊れないように中身を固めてある。それだけのことさ」

 

 ちらりと優一郎を一瞥し、水輝は呟くように告げた。ささやかな風にも流されてしまいそうな声だった。だがそれをしっかりと聞き取って優一郎は微かに笑った。

 

「ありがとうございます」

「だから見えそうなんだけどなあ……。お前、痛いのは嫌だろ?」

 

 優一郎の声を追うように水輝が呻く。訝りながら優一郎は水輝を見た。コップと氷の例え話は風の主の話ではなかったのか。優一郎は思わずコップと水輝を見比べた。

 

「痛くても、行かなければならない時もあるかと。というか誰かは行かなければ、ならないでしょう」

 

 誰かが行かなければ栄子の安否は判らない。例え、先に罠が待ち受けていても、だ。優一郎は静かに告げてコップを水輝に差し出した。が、水輝は困ったように顔をしかめている。どういうことだろう。優一郎が疑問に思った直後、水輝は低く呻いた。

 

「うう、おれ、説明苦手なんだよな……いや、遠回しにするのがまずいのか。でも立城にはこれで通じるんだけどなあ」

 

 口の中で水輝がぶつぶつとぼやく。優一郎は本格的に首を傾げた。苛立たしそうに水輝が煙草をふかす。その煙が吹いてきた風に流れていく。

 

「あー、もう! だから、コップはお前! 痛いのはそれとは別件!」

 

 そう喚きながら水輝はコップと優一郎を交互に指差した。その勢いに飲まれた優一郎は僅かに反応が遅れた。その隙に水輝が貸せ、と言いながらコップを引ったくる。その様はまるで子供のようだった。

 

「譲る気はありませんよ」

 

 そう告げて優一郎はにっこりと笑った。それを見た水輝が片頬を引きつらせる。コップを両手に包み込んだ水輝はため息をついてがっくりとその場に座り込んだ。

 

「この場でそのせりふはないだろが。力、抜けたぞ」

 

 うなだれながら告げた後、水輝は恨みがましそうに優一郎を見た。水輝はゆらりと身体を起こして片手でコップを天高く放り投げた。唐突に辺りが暗くなる。何事かと目をむいた優一郎を余所に、水輝は再びガードレールにもたれてぼやきはじめた。どうやら誰かに文句を言っているらしい。

 

「ちょおっと見えるようにしてやろうと思っただけなのに、その仕打ちかよ。お前、さては判ってやってるな?」

 

 言葉は時に力を持つ。意味が力となって対象を縛り得る。優一郎は微笑を浮かべたまま首を傾けた。

 

「見えるようになったら、見えなくなるものもあるんです」

「へえへえ。その通りだろうよ。……恨むぞ、立城」

 

 そう告げるなり水輝はその場から唐突に消え失せた。息を飲む暇もなく、優一郎の元に声が届いてくる。その声には苛立ちがこもっていた。

 

 結界はといてやる。お前は好きにしろ。

 

 その声を合図にしたかのように、周囲には小雨が降り始めた。曇天から小さな雨粒が落ちてくる。優一郎は天を仰いでひっそりと笑った。




説明が下手すぎる、と書いてる当時も思ってました。
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