今年もよろしくお願いします!
前の続きです。
ちなりはどーなったかは、次のエピソードで。
エロシーンはありません。
「あそこはなあ。柵がないから危険なんだが……いつになったら柵を作るのかなあ」
どうやら警備の男にも苦い経験があるらしい。もしかしたら釣りのポイントでもあるのかな。優一郎はぼんやりとそんなことを考えた。
「だもんで、悪い! 上着にカード入ってたらしいんだけどなくしちゃったんだ」
頭を下げつつ葵が片手を上げる。拝むようにされて気分も悪くなかったのだろう。警備の男が苦笑して頷く。
「仕方ないなあ。おい、ぼうず。早く再発行してもらえよ」
窓から車内を覗きながら警備の男が告げる。優一郎は首から下げたタオルを取り、警備の男に会釈をした。その間に葵が警備の男に軽く手を上げる。開けられていた窓がゆっくりと閉まり、それと同時に車が緩やかに進み始める。
「あっ、おい! ちょっと待て!」
微かに開いた窓から警備の男の声が飛び込んでくる。優一郎は思わずぎくりと首を竦めた。葵が舌打ちをして車を停める。窓を開けて振り返りながら何だよぉ、と情けない声を上げる。
「ブレーキランプ、壊れてるぞ。早く直せよ」
「あっちゃあ。そりゃ、気付かなかったよぉ。どもありがとねぇ」
そう告げて葵はもう一度、警備の男に手を上げた。窓を閉めてアクセルを踏む。緩やかに車が走り出し、やがて出入り口が見えなくなる。
「っぶねぇ……。ばれたかと思った」
信号で停まったところで葵が情けない声で笑う。優一郎もほっと息をついて胸に手をあてた。思った以上に緊張したらしい。脈拍がかなり速くなっている。
「ありがとうございました」
優一郎は葵に頭を下げつつ礼を述べた。すると葵があはは、と気の抜ける笑い声を上げる。どうやら照れているらしい。優一郎もつられたように微笑みを浮かべた。
「でもさぁ。見学もいいけど、先に着替えた方がいいよ。そのカッコでいつまでもいたら風邪ひくだろうし」
ハンドルを切りながら葵が告げる。優一郎は困った顔で自分の格好を見下ろした。確かに言われた通りにずぶ濡れだ。けれど着替えなど持ち合わせていない。それに急がなければならない。
「着替えありませんし、これ以上、ご迷惑をおかけするわけには……」
「えーっ。迷惑ってひょっとしてオレのことぉ? そんなあ。オレ、けっこうキミのことは気に入ってるし、できれば力になりたいのにぃ」
おどけた調子で言いながら葵が笑う。真面目に告げた優一郎は葵の態度に面食らって絶句した。葵はにやにやと人の悪い笑みを浮かべて優一郎を見ている。
「いえ、そういう意味ではなく。迷惑なのは僕の……いえ、わかりました。お言葉に甘えましょう」
思わず苦笑しつつ優一郎は告げた。すると葵が声を上げて嬉しがる。一気に車がスピードを上げる。優一郎は葵に合わせて笑いながら心の中でそっと呟いた。事態は急を要するが、あせってチャンスをふいにしては元も子もない。ひょっとしたらこれが栄子の行方を知る最初で最後のチャンスかも知れないのだ。
車は細い路地に入り、それと共にスピードが落ちる。住宅街に入ったのだ。優一郎は出来るだけ色々なものを見ておこう、と窓から外の様子をじっと見つめていた。葵はそんな優一郎の気持ちを察しているのかいないのか、黙っている。
やがて車が停まる。そこはとあるアパートの前だった。随分と年季の入った作りのアパートの前に葵は車を停めた。降りるように言われ、優一郎は素直に車から降りた。雨を避けるように小走りで葵の後を追う。葵はのんびりとアパートの階段を上がり始めた。
「ここねぇ。オレの別荘? っていうか、非常用に借りてるんだけど」
そう言いながら葵は一つのドアの前で足を止めた。ドアに書かれた205という文字がかすれて見えなくなりかけている。優一郎は促されるままに部屋に入った。
薄暗い部屋だった。葵は部屋の中を珍しそうに見る優一郎に笑いかけ、部屋の明かりを灯した。きっと元々は白かったのだろう。壁はくすんで灰色になっている。窓にかけられたカーテンも暗い色をしているため、部屋全体が暗く見える。畳の敷かれた部屋に上がりながら優一郎はへえ、と声を漏らした。
家具が極端に少ない。あるのは一つのたんすとテーブルだけだ。
「あー、これでもいちお、ガスと水道と電気は通ってるんだよ? ちょっと待ってね。今、風呂をわか……うお! しまった! ひぃぃ! ゴミが怖いことになってるぅ!」
キッチンから悲鳴が聞こえてくる。優一郎はため息をついてキッチンに向かった。うろたえる葵に近づいて手を伸ばす。葵はゴミ袋を片手に固まっていた。
「僕が片付けますよ」
苦笑しつつ葵の手からゴミの袋を引き受ける。葵は呻きながら頷き、その場を後にした。だがすぐにとって返す。葵は不思議そうな顔をする優一郎の手を握り、有無を言わせぬ力でひいた
「キミは先にそれを脱ぐ! タオルはこれね。ああ、そうだ。ゴミはいいから。とにかく風呂を入れるよ」
着替えはこれ、と葵は一揃いのパジャマを優一郎の手に押し付けた。ついでにゴミ袋をひったくる。それをキッチンに放り投げ、葵はバスルームに消えた。賑やかな人だ。そう呟きながら優一郎は言われた通りに濡れたシャツを脱いだ。
生ゴミは怖い。