エロシーンはないです。
「むやみに他人を指差すのはやめなさい」
告げて由梨佳はにっこりと笑った。その笑顔が絵美佳とダブる。多輝は慌てて目をこすって首を振った。そしてはたと気付く。
「そういえば……教育係って? おれの? あんたが?」
礼儀正しくしなければならない。そのことを気遣っていられたのはほんの数分のことだった。元を正せば多輝は昔から粗野なのだ。だが多輝が乱暴に告げても由梨佳は少しも動じない。それどころか困ったような笑みを浮かべて告げた。
「そうよ。まず、最初の仕事を始めるわね。一人称を改めなさい。おれ、なんて使っちゃだめよ」
由梨佳が出した指示を多輝は慌てて否定した。
「い、いや、だっておれ、元は男だし」
どんなに女性の機体を使っていても男だった頃の記憶がなくなる訳ではない。現に今でもついうっかり立小便をしてしまいそうになるのだ。多輝は慌てふためいてそのことを由梨佳に説明した。だが由梨佳は首を振って多輝の言葉をいちいち否定する。
「いいえ。あなたはもともと女性なのよ」
とどめにこのせりふを突きつけられ、多輝はとうとう閉口した。どだい、無理な話なのだ。何しろ多輝が使用している機体は女性型そのもので、どこをどう斜めに見ても男性には見えない。それを初対面の由梨佳に説明しても無意味なのだ。少なくともこの時点で多輝はそう思っていた。
それから多輝は客室に案内された。どうやら今日は立城は別の客人と食事に出かけてしまっているらしい。じきに戻ってくる、と由梨佳は説明した。
「あの。おれ、あんたのことは何て呼べばいいんだ? まさかお母さんじゃないだろうし」
由梨佳の説明が一段落したところで多輝はそう口を挟んだ。注意されても一人称などそう簡単に変えられる筈もなく、多輝は自分の事をおれと言った。そのことが気に入らなかったのだろう。由梨佳が僅かに眉間に皺を寄せる。
「由梨佳、で構わないわ。呼び捨てでも敬称付きでも、あなたの好きにしなさい」
「じゃあ、由梨佳さん、かな」
多輝は確かめるようにそう告げた。試しに何度か名前を口にしてみる。次第に由梨佳の顔が曇っていることに、多輝は気付けなかった。
「で、由梨佳さん。おれってこの部屋を自由に使っていんだっけ?」
それまで俯けていた顔を上げ、多輝は由梨佳にそう問い掛けた。一瞬だけ由梨佳の反応が遅れる。だがすぐに由梨佳は何事もなかったかのように返答した。
「あなたの言う、自由ってどういう行動を指すのかしら?」
聞かれたこともしごくもっともだったので、多輝はストレートに思っていたままを告げた。
「例えばゲームしたりとか。飲み食いしたりとか。あ、そうそう。ベッドで寝るのもオッケーだよな?」
言いながら多輝は当り前だよなあ、と胸の中で呟いた。ベッド、テレビ、電話、冷蔵庫と、必要そうなものは全て揃えられている。ないのはゲーム機か。多輝は部屋をぐるりと見回して確認した。
「朝食と夕食は決まった時間に決まった物を食べてもらうことになるわ。間食は禁止」
「えっ」
淡々と告げた由梨佳に多輝は慌てた声をあげた。朝食と夕食がどんなものなのかは定かではないが、間食を禁じられていると少々きつい。それまで多輝は毎日三食にプラスして二度の間食をとっていたからだ。
「それってもう決まってたり?」
「食事だけじゃないわ。あなたスケジュールはきっちり決まってます。あなたの言う自由時間は一日二時間くらい」
恐る恐る訊ねた多輝に対して由梨佳は酷くあっさりとそう告げた。多輝はそれを聞いた途端、慌てて手にしていた荷物を床に放り出した。一気に間を詰めて由梨佳に迫る。
「何なんだよ、それ! 一体、おれをどうするつもりだ!?」
小学生の修学旅行じゃあるまいし! 多輝は続けてそう喚いた。だが間近で多輝に怒鳴られていても由梨佳に怯んだ様子はない。それどころか困った子供を見るような眼差しで多輝を見つめ返している。
「あなたには吉良瀬の名を背負ってどこに出ても恥ずかしくない女性になってもらいます」
「冗談じゃねえ! ……って、吉良瀬?」
苛立ちを由梨佳にぶつけかけていた多輝はそこで声を潜めた。吉良瀬。由梨佳は確かにその名を出した。だが多輝にそう言われる心当たりはない。首を傾げて考え込んだ多輝を余所に、由梨佳は再び端末を白衣のポケットから取り出した。何事かをメモしている。
「吉良瀬天輝。それがあなたの今の名前よ」
多輝が屋敷に入ってきた時に聞いた名前がまた出てくる。だが今度は多輝の心にその名前が深く刻み込まれた。あれほど望んでいても手に入れられなかった吉良瀬の名がどうして自分に与えられるのか。考えていた多輝は次第に表情を険しくした。
「今更、かよ。何で欲しかった時にはくれなかったのに、こんなことになってから」
「不服なら別の名前にしても構わないよ?」
聞き慣れた声が聞こえてくる。多輝はびくりと身体を震わせ、次にぎこちなく首を回した。いつの間にかドアのところに立城が立っている。
そのうち二人はエロエロな感じになりますw