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懸命に呼びかけるがちなりは全く反応しない。絵美佳は真っ青になってちなりの身体を揺さぶった。絵美佳の手を握っていたちなりの手から力が抜け、するりと落ちる。それを目にした絵美佳は目を見開いた。
ちなりの口許には笑みが浮かべられている。捨てられると呟いた哀しそうな気配はそこにはない。絵美佳は叫ぶようにしてちなりを呼んだ。だがそれでもちなりは全く反応しない。絵美佳の手に揺すられるままになっている。
「しっかりしなさいってばぁ!」
絵美佳は半ば泣きながらちなりの胸に耳をあてた。耳には何の音も聞こえない。静けさがそこにあるだけだ。愕然と目を見開き、絵美佳はその場にぺたんと腰を降ろした。膝に抱えたちなりの髪が風にそよぐ。
どうして。もしかして重い病気か何かなの? 絵美佳の頭の中をぐるぐると考えが巡る。自然と涙が零れ、絵美佳は乱暴に頬を拭った。
「しんじゃった……の? いや、違う、これは!」
異臭をかぎつけた絵美佳は驚きの声を上げた。間違いない。これは電子回路の焼ききれた匂いだ。余りにも嗅ぎ慣れていたためにすぐには気付けなかったのだ。絵美佳はその場にちなりを横たえ、スカートをめくりあげた。壊れものに触れるようにして足を開かせる。
細いキーライトを取り出して絵美佳は明かりを点けた。口に咥えてちなりの股間を覗き込む。微かな異臭はちなりの股間から漂っている。絵美佳は歯でライトを挟み、両手を使ってちなりの秘部を観察した。
「見た目はかわんないわね。っていうか見てわかるならとっくに気づいてるか」
ライトを口から外し、絵美佳は小さく呟いた。もう一度、ちなりの股間に顔を近づけて匂いを確かめる。間違いない。ちなりは人ではない。人そっくりに作られたヒューマノイドなのだ。
いや、もしかしたらロボットかも。その可能性も考えてはみた。が、どうしてもちなりの捨てられるという言葉が引っかかる。捨てられる、壊れる、そしてちなりは殺されると言った。ロボットは壊されるという表現はするかも知れないが、殺されるとは言わない。それは巴を見ても明らかだ。彼らは機械仕掛けの身体を持つ者という意味では似ているが、根本は全く違う。思考形態がまるで異なるのだ。
絵美佳はその場に胡座をかいた。めくれていたちなりのスカートを戻す。とにかく何とかしないと。だが、どうする。焦っているためか、絵美佳はなかなかいい案を思いつけなかった。ロボットであれば自分が修理できる。が、ヒューマノイドとなると話は別だ。彼らは外見上は人そっくりだし、同じ機械仕掛けの身体でもある。だが生きた脳を組み込まれたヒューマノイドとロボットの構造は全く異なっている。絵美佳の今の知識では残念ながらヒューマノイドを作ることは出来ない。ロボット工学とヒューマノイド工学は方向性が全く違うのだ。
低く呻きながら絵美佳は頭をかいた。ちなりの製作者に問い合わせる。そんな考えも浮かぶ。だが連絡先が判らない。ちなりの持ち物をあさってみたが、それらしいものは持っていなかった。強いて言えば清陵高校の学校名の入ったプリントが一枚出てきた程度だ。
落胆しつつ絵美佳はそのプリントを取り上げた。ライトを照らして文面を読んでみる。体育祭のおしらせ。保護者にあてられたそれは随分と前のものだ。ちなりは清陵高校の生徒なのだろう。だがどういう訳か保護者にプリントを渡さなかったらしい。そこまで考えて絵美佳ははっと目を上げた。
「あっ。このコ、うちの学校の!」
思わず口をついて言葉が出る。ヒューマノイド、清陵高校。それらの単語から絵美佳は一つの答えをはじき出した。間違いない。ちなりは優一郎が手がけたヒューマノイドなのだ。世界広しと言えど、このレベルのヒューマノイドを作れる人間は二人しかいない。一人は絵美佳の父、総一郎。もう一人がその息子であり絵美佳の弟の優一郎だ。
プリントを握った手に力がこもる。絵美佳は知らないうちにプリントを握り潰していた。
「あいつ、何、やってんのよ!」
一気に怒りが爆発する。ちなりは懸命に絵美佳を求めていた。が、そうしながら捨てられたくないと呟いていた。ヒューマノイドを捨てる。それは優一郎がちなりを放置していたという意味だ。
セックスが好きなの、とちなりは笑っていた。だが本当は誰とでも性行為がしたかった訳ではないだろう。ヒューマノイドにとって、性的な快楽は機体維持のための絶対条件だ。ちなりは外でそれを求めなければならない理由があったのではないか。そしてその理由を考えた時、絵美佳は歯軋りをした。ちなりは優一郎を好いていたのだ。だが優一郎には斎姫という彼女がいる。それ故にちなりは優一郎に快楽を求めることが出来なかったのではないか。
ヒューマノイドは人間の脳を組み込まれていても基本は機械だ。他者から管理され、定期的なメンテナンスを施してもらわなければ、存在を続けることはできない。計画的な実験ならともかくとして、ちなりは現にこうして動けなくなってしまったのだ。優一郎がちなりを放置した、ということは、つまりちなりを殺してしまったという意味に等しい。
「とりあえず、あいつには任せられないってことね」
ちなりを早急に直さなければならない。だが絵美佳にはちなりを直す術はない。しばし迷ってから絵美佳は決心してちなりを抱き上げた。悔しいが自分にはちなりは直せない。が、直せる人物はいる。
公園を猛スピードで駆け抜け、絵美佳は路上でタクシーを拾った。金はかかるがこの際そんなことは言っていられない。運転手を半ば脅して絵美佳は一路、自宅に向かった。
ちなみにこの時はまだ絵美佳は男性体ですw
ここでこの章は終わりです。