そんな感じのエピソードです。
エロシーンはありません。
久しぶりに自宅に戻ると酷くほこりっぽい気がした。立城から言い渡された休暇は一週間だ。その間に由梨佳は出来るだけ掃除をしようと思い立った。まずは玄関から掃除を始め、次にはキッチン、ゲストルーム、リビング、バスルームと次々に掃除をする。そうしてみると意外にも汚れていることに気付く。
しつこい汚れを落として顔を上げる。バスルームの中で由梨佳はため息をついた。誰も家にはいない。数日間、由梨佳はたった一人で家の中で過ごした。研究所に時折は行くが、そこに夫の総一郎はいない。
由梨佳はこの数ヶ月、総一郎に一度も会っていなかった。それでも機体を維持できているのは快楽を別の誰かに与えられているからだ。自慰だけではとても物足りなくて壊れかけていただろう。由梨佳は磨かれたバスルームのタイルを見つめて深い息をついた。
次は子供達の部屋ね。由梨佳はバケツに新しく水を汲み替えて二階に続く階段に向かった。ほこりの溜まった階段を途中でちらりと見やる。階段も掃除しなきゃね。そう呟いて二階に上がる。
誰もいない家はちょっと見ない内に随分と汚れているように見えた。人がいないからごみは出ない筈なのに。何度か由梨佳はそう考えた。もしかしたら家そのものがほこりを吐き出すのかしら。そんなことも思った。
まずは絵美佳の部屋に入ろうとする。だがドアにはべったりと張り紙がされている。許可なく立ち入りを禁ず。その文字を読んで由梨佳はため息をついた。でも掃除はした方がいいと思うの。絵美佳に内心で告げて由梨佳はドアのノブに触れた。
瞬間、指先から電流が走る。ごく些細なものだったが由梨佳にはかなりの痛手になった。思わず悲鳴を上げて手を引っ込める。
昔から絵美佳は気難しい子供だった。とにかく由梨佳が寄ろうとすると噛み付くように文句を言い放つ。その内容が大人びていたせいもあり、由梨佳はなかなか絵美佳と打ち解けられずにいた。もっとも、今でもさほどその関係に違いはない。が、ある時を境に絵美佳は一方的に由梨佳に攻撃しようとすることはなくなった。
あれは絵美佳が高校生になったばかりの頃だった。どうしてそうなったのかは由梨佳には判らない。由梨佳はドアの前で首を傾げて考えを巡らせた。反抗期が終わったからかしら。浮かんできた甘い考えに由梨佳は首を振った。あり得ない。何しろ絵美佳は生まれたばかりの時から由梨佳を拒絶し続けていたのだ。
ミルクをセットした乳を含ませると噴水のように口から吐き出す。それも何故か毎回、由梨佳の顔を狙ってミルクが飛んで来る。一体、赤子のどこにそんなことを考える知能があるだろう。由梨佳も何度かそう言い聞かせた。が、絵美佳のそれはどう考えても由梨佳を敵視しているとしか思えなかったのだ。何しろ総一郎がミルクを与える時はとても大人しく飲むのだ。由梨佳の母親としてのプライドは絵美佳が生まれてからすぐにずたずたになった。
嫌われているんだろうな。由梨佳は絵美佳が幼稚園に行くようになった頃にはすっかり諦めきっていた。それなら出来るだけ絵美佳が興奮しないよう、触らないようにすればいい。だがそうは思っても幼稚園から呼び出しを受ければ行かなければならない。そして事あるごとに由梨佳は幼稚園の先生から愚痴を聞かされた。
あのぅ、えみかちゃんはどうも言うことが大人びていて……その、他の園児に……。
由梨佳はその度にため息をついて頭を下げた。お母さんも大変でしょうけど頑張って。頭を下げるたびに同じ言葉が飛んで来る。だがそれが何よりも由梨佳の苦痛になった。
小学校に上がって絵美佳は一段と激しく由梨佳に反抗するようになった。言葉は元々多いほうだったが、小学校で絵美佳の語彙は更に増え、稚拙ないいがかりにも近い言葉で由梨佳を貶すようになった。由梨佳はその度に絵美佳を叱ったが、効果はなかった。
ある日、小学校で授業の中で観察日記を書くことになった。おうちにある、みぢかなものを観察しましょう。担任の言葉に子供たちは声を揃えて返事をする。珍しくその中に絵美佳の姿があった。
六月六日 晴れ
今日もあの女は我慢できなかったようだ。昨日に引き続き、部屋にこもって自慰をしている。変な声が廊下まで聞こえてくる。うるさいったらありゃしない。
六月七日 曇り
自分で見るのは面倒なので、部屋にビデオをセットした。あらゆる角度から映せるようにセットするのは結構大変だった。九時十五分、自慰。十三時四十三分、自慰。一体、一日何回したら気が済むんだろう。
六月八日 雨
廊下にまで変な声が聞こえる。うんざりする。パパが帰ってるからもっとうんざりする。早く壊れればいいのに。
延々とそんな調子で絵美佳は日記をつけたらしい。しかもそれをクラスで堂々と発表したという。担任は直ちに絵美佳にストップをかけ、授業を中断して家にすっ飛んできた。
ミルクを顔に吹く!
みたいな感じだったんだと思います。