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緑がいっぱいに広がっていたあの光景が瞼の裏に蘇る。風が吹くたびに竹の葉が擦れあって微かな音を立てる。柔らかな日光が竹林の隙間を縫って地面に落ちる。葉が揺れる度に丸い光が地面を泳ぐ。
懐かしさを込めて立城はその光景を見つめた。幼い頃のことを思い出す。だが優しい景色とは裏腹に当時の立城の心は重く沈んでいた。だがそれでも一人で朽ち果てるならそれでいいと心に決めていた。
そっと目を開く。立城は墓の前に立っていた。墓標に刻まれた文字を一つずつ目で拾い読む。SHINYA KIRASE。立城は無言でその文字を見つめた。風がそよいで立城の髪を揺らす。
そっと腰を屈めて手にしていた花を供える。ちらりと目をやると一輪の桔梗が墓の前に供えられていた。詮索しなくても誰が供えたかは判る。真也の墓は吉良瀬の屋敷の敷地内にあるのだ。
裏庭の隅にしばらく立城は座り込んでいた。ふと視線に気付いて腰を上げる。振り返るとよく知る顔が見えた。
「やあ、やっぱり君だったの?」
「悪いかよ」
憮然として言い放ち、水輝が近づいてくる。その手には一輪の桔梗が握られていた。墓の前にあった先の桔梗を取り上げて新しいものを供える。
かつてこの地で立城と水輝は死力を尽くして戦った。戦いは決着がついたとは言い難かった。いや、もしかしたら先に刀を下ろした自分が負けたのかも知れない。そう思いながら立城はにっこりと笑った。
「どうでもいいけど、水輝。墓に向かって拍手はまずい気がするよ」
「ああ? そっか? 気分的にこんな感じなんだが」
二回拍手を打った水輝が肩越しに振り返る。その顔はやはり憮然としたままだ。一体、どうしたというのだろう。立城は不思議に思いつつ首を傾げた。水輝はまた墓に向かって今度は何事かを呟いている。立城は本格的に訝りの表情になった。眉を寄せて耳を澄ます。
「……水輝。どうしたの? そんなこと言わなくても真也は蘇ったりしないよ」
半ば呆れて立城は告げた。ついでにため息をつく。だが水輝は立城の言葉を無視して更に呟く。それを耳にした立城は深々と息をついて額を覆った。
歪んだ力を取り込み始め、本来の力を失ってしばらく経つ。だが未だに立城の力は元には戻っていない。例えば結界の微かな緩みは何とか判るようになった。が、それを修正できるまでには至っていないのが現状だ。実際のところ、立城自身もこれは意外だった。
どうしてかな。何度か立城は自分に問い掛けてみた。だがその原因が判らない。可能性がある、というものなら幾らでも思いつく。だがそれと確信できる理由が見つからないのだ。
成仏しろよ、真也。間延びした声で水輝が呟くように告げる。立城は大きく息をついて肩を落とした。そんなことを言われなくとも一度死んだ者は蘇らない。何度言っても聞かない水輝に業を煮やし、立城はそう告げようとした。
「ったく、マジで気付いてねえんでやんの」
それまでとは違い、はっきりと水輝は告げた。立城は目をしばたたいて開きかけていた口を閉じた。軽い掛け声をかけて水輝が身体を起こす。その横顔を見た立城は顔から笑いを消した。水輝が真顔で墓を見つめていたのだ。
「どういうこと? 真也がまた現れるって言うの? まさか」
あり得ない。立城は小さくそう呟いた。紛れもなく真也は立城が刀でその胸を貫いたのだ。それが事実だ。だが水輝はそんな立城の言葉を鼻で笑い飛ばした。それから笑いを納めて立城を横目に見る。
「そう、確かに真也は死んだ筈だ。じゃあ、お前を混乱させてるその力は何だろうな?」
混乱? 立城は小声で訊き返した。確かに自分の力はまだ戻ってはいない。だが謂れのないことを言われる筋合いはない。自然と立城の目は鋭くなっていった。得意の言いがかり? 微かに笑って告げる。
不意に視界から水輝が消える。次の瞬間、立城はその場によろけた。身を屈めた水輝が立城の鳩尾をこぶしで打ったのだ。衝撃に息が止まりかける。
「気付いてないなら言ってやる。てめえ、おれとしながら何て言ったか覚えてないだろ?」
こぶしは鳩尾に埋まったままだ。立城は目を伏せて水輝の腕を握った。力をこめて振り払う。数回ほど咳込んで立城は顔を上げた。
既に奈月による歪んだ力の除去作業は終了している。それ故に立城の身体は男のものへと戻っていた。だがそれでも水輝の攻撃は酷く堪える。立城は腹を押さえて力なく笑った。
「僕は覚えていないんだけどな。それにあの時のことを今更言われてもね」
恐らく水輝が言っているのは手合わせをした後のことだろう。少なくともその後に立城の身体は女のそれへと変わってしまった。何事もなくそうなったとも考えがたい。しかも気付いた時には既に水輝に犯されていた。立城はそう考えながら微笑もうとした。
水輝が怒りを露にして立城の胸倉をつかむ。立城は驚いて目を見張った。
「ちげえよ! ばーか!」
唐突にこぶしを見舞われる。立城は頬をいきなり殴られ、地面に転がった。頬を押さえて顔を上げる。水輝は腕組みをして立城を見下ろしていた。
どうやら怒り狂っているらしい。そのことだけは立城にも理解できた。が、理由が判らない。水輝の言葉から予測すれば、大方の理由は察しがつく。だから立城は先日の件を引き合いに出したのだ。なのに水輝は余計に怒ってしまった。
「そんなに会いたきゃ会いに行け! 真也を肴におれとやってんの、お前自分で判ってないのか!?」
立城は驚愕に目を見張った。そんなことをした覚えはない。だが近頃の自分の行動に今ひとつ自信が持てないのも事実だ。それでもそんなことはあり得ない。まさか、と立城は呟いた。
よろけつつ立ち上がる。何故か殴られた腹や頬より胸が痛い。
「どうせまた真也を切りたくないとか何とか言いやがるんだろ!? 生憎だったな! おれはもう二度とあんな真似はしない!」
自分でも気付かない内に立城は水輝につかみかかっていた。振りかぶってこぶしを繰り出す。だがそれを水輝は避けなかった。水輝の左の頬に立城のこぶしがまともに入る。
「あ」
気の抜けた声を上げて立城は慌てて手を戻した。水輝は殴られた頬を手で撫で、ふん、と鼻を鳴らした。
「それだけ元気がありゃ動けるだろ。さっさと行って来い」
手を上げて水輝が背を向ける。そんでとっとと振られてこい。そう吐き捨てて水輝はその場を去った。
仲がいいですね(笑)