「おかえりなさい」
満面の笑みを浮かべて由梨佳が立城に駆け寄っていく。立城は笑顔で由梨佳に頷いた。それだけ見ればまるで恋人同士のようだ。だがそんなコメントすら多輝の口にはのぼらなかった。息が詰まって胸が苦しくなる。
「ただいま。それより、随分と遅かったね。何かトラブルでも?」
そう言いながら立城は客室に入った。その後ろを由梨佳が追う。多輝は気を取り直すために咳払いした。
「べっつにー。それよか、久しぶりに会うおれに対して何か挨拶くらいないのかよ?」
本当は立城を正視できなかった。だがそれをごまかすために多輝はわざと悪態をついた。すると立城よりも早く由梨佳が反応する。
「天輝さん」
由梨佳は眉を吊り上げて多輝を叱ろうとした。だがそれを立城がやんわりと手で制す。相変わらず厭味なやつ。多輝はそう呟いて舌打ちをした。
「まあまあ。来たばかりの多輝にその名は馴染みがないだろうし、いきなり教育をはじめても身につかないんじゃないかな」
そう言うと、立城はゆらりと手を伸ばした。右の腕を水平に上げて多輝の目の前に指を見せるように出す。その指の滑らかな輪郭に多輝は思わず目を奪われた。
「まずはそうだね。リンクを切ろうか。僕は黙って誰かに覗かれるのは嫌いなんだよ」
高い指の音が響く。それと同時に多輝の視界が一瞬だけ真っ暗になった。だがすぐに周りの景色が見えるようになる。何なんだよ、と呟いて目をこすってみるが、特に機体に変化はない。
「ついでにマスター登録も凍結しよう。それがあると教育もままならないからね」
ぱちん。もう一つ、指が鳴る。立城が指を鳴らしたと同時に今度ははっきりと多輝の視界がぐらついた。思わずよろけてその場に膝をつく。だが多輝には何が起こったのかさっぱり判らなかった。
「マスター登録? この子、既に主持ちなの?」
驚いたように由梨佳が告げる。だがその質問の意味すら判らない。多輝はこみ上げてくる吐き気を堪えて目を上げた。目の前にいる立城を睨みつける。
「てんめぇ……。何しやがった!」
「その言葉遣い、相変わらずだね。マスターの優一郎くんが聞いたら泣くよ?」
微笑を浮かべてそう告げると、立城は多輝の目線に合わせてその場に屈んだ。その横で由梨佳が息を飲む。
「じゃああなたが、優一郎の?」
「ヒューマノイドにとってマスターは一人きりですが、マスター側の人間は重複可能ですからね。外に作品を出すつもりがあるならともかく、彼は自分で作ったヒューマノイドに別のマスターをつける気はないでしょう」
静かに告げて立城はさらに指を鳴らした。その途端、多輝は弾かれたように身体を反らした。痛みに声も出なくなる。
「この子が優一郎の作品だというのは本当なのね……」
複雑な面持ちで由梨佳はそう呟いた。が、多輝の耳には既にその声は入っていなかった。耳障りな音が耳の奥で響いている。多輝は苦しみに顔を歪めて床に手をついた。肩で息をしながら何とか顔を上げる。すると立城がいつの間にか至近距離にまで顔を近づけていた。
「彼は優秀ですからね」
由梨佳にそう答えながら立城が手を伸ばす。怒鳴り声を上げようと息を吸った多輝は、次の瞬間、目を見開いた。立城に唇を塞がれたのだ。急速に痛みが消えると同時に言いようのない感覚が身体の奥からこみ上げてくる。多輝は自分でも気付かないうちに立城のシャツをつかんでいた。
「んぅ……ん」
唇を割り開いて入ってくる立城の舌を柔らかく吸う。殆ど反射的に多輝は立城の口づけを受け入れていた。甘い快感がこみ上げ、自然と乳首がたつ。立城は多輝の口の中をゆっくりと舌で愛撫していった。
やがて唇が離れる。熱い息をついた多輝は潤んだ眼差しを立城に向けた。だが立城は既に立ち上がり、由梨佳に向き直っている。
「ストレス値が随分と高くなっているようですね。というより、半ば条件付けられているのかな? 後をお願いできますか?」
「わかりました。とりあえずボディの構造を調べてみないとメンテナンスもできませんし」
軽く頷いて由梨佳が答える。それを見て取った多輝は嫌がって首を横に振った。
「や……っ! 優一郎がいいっ!」
多輝の目には立城の姿が優一郎と重なって見えていた。困ったような笑みも、優しい仕草も全てが重なって目に映る。だが嫌がる多輝を宥めたのは由梨佳だった。
「あなたは優一郎に相応しい女性に、なりたくないの?」
静かに問われ、多輝はそこで駄々をこねるのをやめた。由梨佳が言っているということは判らないが、言われたことは理解できる。多輝は悲しそうに俯いてぽつりと呟いた。
「なりたい」
既に登録されたマスターの情報は立城の手によって凍結状態にされている。だがそれでも多輝の頭を占めているのは優一郎のことだった。だが例え優一郎に相応しくなったとしても、彼の横には別の女性がいる。そのことを思い出した多輝の顔は一層暗くなった。
「なら、まず、自分自身がどんな存在なのか? それを知ることから始めましょう。わかるわね?」
子供に言い聞かせるように由梨佳はゆっくりとそう告げた。もし、念願かなって相応しくなったとしても、優一郎には別の女性がいる。そのことを多輝はどうしても口に出せなかった。由梨佳と立城を見比べて頷く。立城はそれを確認したところで客室から出て行った。
こいつらの話ってやたらとキスシーンがあるので、エロ区分にするかどうか微妙に悩む……。
それっぽくなければ告知しないことにしますです。