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栄子の記憶はかなり退行していた。医者の見立てでは要と同じ年頃にまで戻ってしまっているらしい。だがそれを聞かなくても優一郎には栄子の状態がすぐに理解できた。見舞いに行った優一郎を見て栄子は真っ先に総一郎さま、と嬉しそうに呼びかけたからだ。
だがそれ以外の点では栄子は元気そうに見えた。身体に受けた傷もすぐに回復するでしょう。医者は栄子の前で要と優一郎にそう保証してみせた。
それから要は医者に入院の手続きなどについての話があると呼び出されていった。個室に残されたのは優一郎と栄子だけになった。優一郎は最初、戸惑ったがどうやら栄子は自分にとって見知らぬ要よりも優一郎と話をしたがっていたらしい。医者と要が出て行くと、途端に栄子の口は滑らかになった。
「あの時はごめんなさい。わたくし、本当は総一郎さまに勝負を挑むつもりなどございませんでしたのに」
そう告げる栄子の頬がうっすらと染まる。栄子は優一郎を総一郎だと思い込んでいる。だがそれが単なる思い込みだと知らせるのは得策ではないと思えた。元より、栄子は心に深い傷を受けている。そうでなければ記憶が高校の頃にまで戻る筈がない。優一郎は出来るだけ違和感がないよう努めつつ、栄子に頷いてみせた。
「あら……? 総一郎さま、お身体の具合でもお悪いんですの? 何だかお顔の色が優れませんわ」
ベッドに上半身を起こした栄子がそっと首を傾げてみせる。優一郎は困ったような笑みを浮かべて首を振った。
それから栄子は次々に色々なことを語った。優一郎はその話を聞きながら真剣に総一郎の話し方を思い出した。次に仕草や癖を思い出す。とどめに総一郎が高校の頃に何をしていたかを思い出して優一郎は無理だ、と内心で呟いた。どう考えても真似など出来ない。
総一郎はある意味、奇天烈な行動を得意としていた。いや、本人に自覚はないのだ。が、その行動は人が聞けば奇行とも言われるものばかりだった。しかも優一郎が知る世間の常識を凄まじいほどの非常識で簡単に乗り越えてしまうのだ。
そう考えると今更ながらに総一郎という人物が凄いのだと思ってしまう。実際、総一郎は世間に認められる発表を次々に行っている。が、その実、当の本人はそんな名誉はどうでもいいらしい。自分でも気付かない内に優一郎は俯きがちになっていった。
「そういえばあのロボット、お名前はつけていらっしゃいませんの?」
ふと思い出したように栄子が問う。どうせ奇行満載の総一郎の高校時代の話だ。少々、口調が違っても総一郎だからと納得してもらえるだろう。そう腹を括って優一郎は口を開いた。
「あれは強力壱号と名付けられました」
生真面目な顔で優一郎は応えた。まあ、と栄子が口許に手をあてる。そして小さく笑ってそうですの、と栄子は頷いた。
「やっとお話してくださいましたのね。わたくし、少々心配しておりましたの」
栄子は心底嬉しそうに笑っている。優一郎ははあ、と曖昧に答えて頭をかいた。どうしたって優一郎にとって栄子は栄子だ。要の母親以外の何者でもない。そして総一郎はやはり自分ではない。そっとため息をついて優一郎は俯けていた顔を上げた。
「こっちこそ、栄子さんが事故に巻き込まれたと聞いて、とても心配しました。無事で本当に安心しました」
昨日の晩、要の車がこの病院に滑り込んだ。清陵中央病院。ここは総一郎の研究所とも繋がりの深い病院だ。ここであれば少々の無理は通る。結局、優一郎は要と共に栄子をここに運び込んだ。
幸い、栄子は命に別状はなかった。そして詳しい診断結果が出たのはつい先ほどのことだ。仮眠を取れ、と要に強要され、優一郎はさっき起きたばかりだった。
栄子が無事でよかったというのは本心からの言葉だった。だが栄子には今回の件はただの交通事故と説明されている。
「ご心配いただきありがとうございます。ごめんなさいね、こうしてお見舞いにきて下さっているのに何のお構いも……」
困ったように栄子が周囲を見回す。まだ入院したばかりで個室には殆ど物がない。どうやら優一郎に茶を淹れようと思ったのだろう。ポットを見止めた栄子が立ち上がろうとする。だが優一郎は肩を押さえてそれを制した。
「そんなことありません。こうしてお話を伺うだけでも楽しいですよ。今は気を楽にして、身体を大事に養生してください」
ありがとうございます、と栄子が深々と頭を下げる。それから二人はしばらく他愛ない話をした。とは言っても優一郎にとっては十数年前の話だ。確かに栄子の話は聞くだけでも面白かった。
ドアが小さく鳴る。栄子の返事を受けて開いたドアの外に立っていたのは要だった。
「申し訳ないのですけれど、ちょっとこの方、貸していただけます?」
そう言いながら要は後ろから優一郎の肩をつかんだ。優一郎は振り返ろうとしてやめた。肩に乗った要の手は小刻みに震えている。
「え、ええ。わたくしは構いませんけれど」
「栄子さん、ごめんなさい。ちょっと席をはずします」
にっこりと笑いかけて優一郎は席を立った。静かに個室から廊下に出る。ドアを閉めて要が先に歩き出す。それを優一郎は早足で追いかけた。
「ちょっと来て。あなたに聞いて欲しい話があるの」
言われて向かったのは先ほどの医師の部屋だった。どうやらここは診察室とは少し違うらしい。優一郎は部屋に記された医師の名前のプレートを横目にドアをノックした。優一郎の後ろには要が腕組みをして控えている。
更にキャラが増えますw