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「丁度よかったわ。……ああ、悪いけど彼女は遠慮してくれる? 面倒な話になるから」
優一郎が部屋のドアを開けた途端、中から声が飛んで来る。先ほどの医師……女医の吉良呉羽はてきぱきと指示をして、さっさと優一郎を部屋に引っ張り込んだ。え、と目を丸くする要の鼻先でドアを閉めてしまう。ちょっとお! という要の声が廊下から聞こえたが、どうやら呉羽はそんなことを気にする性格ではないらしい。まあ、座って。優一郎に椅子を指し示して手早くコーヒーを淹れ始める。
「要さん、後できちんと説明しますから、この場はすいません!」
廊下に向かって優一郎は少し声を張った。するともう、という声を残して足音が遠ざかる。どうやら要は先の一件もあって優一郎のことを全面的に信頼しているらしい。文句も言わずに要が去ったことにほっとしつつ、優一郎は呉羽に目を戻した。
「なかなか女の子の扱いも上手い、と。総一郎とはちょっと違うタイプみたいだけど」
そう言いながら呉羽はにんまりと笑った。ずれた眼鏡を指で押し上げている。呉羽は総一郎の従妹にあたる。優一郎とは親戚なのだ。
「呉羽さん、それで面倒な話、とは?」
声を潜めて優一郎は訊ねた。するとああ、と呉羽が真顔になる。そして呉羽は端末の電源を入れてディスプレイに何かを表示させた。椅子に腰掛けた優一郎に見えやすいよう、ディスプレイの向きを変える。
「これが如月栄子さんのCT画像。特に問題はなく見えるわよね?」
次々に呉羽は画面を切り替えた。部位ごとに写されたそれが上から順番に表示される。優一郎は目を細めて映し出された画像を注意深く見た。確かに問題なく思える。損傷の激しい部位はない。
「ところがね。栄子さんの手足、あれってば自分のじゃないわよ」
さらっと言われて優一郎はすぐにはその意味を理解できなかった。呉羽がコーヒーを淹れるために立ち上がる。カップ二個分のコーヒーを満たしたところで優一郎は慌てて目を上げた。
「それってどういう!?」
「つまりね。あの手足、見事な技術でくっつけてあるんだけど、実は別の誰かのなんだよね。それもちょおっと特殊なやつ」
音を立ててコーヒーを啜りつつ、呉羽は無造作に手を優一郎に突き出した。その手にはコーヒーカップが握られている。優一郎は小さく礼を言ってカップを受け取った。手のひらに包むと熱さが染みる。
「以前お渡しした、あのサンプルとの類似性は?」
優一郎は慎重に訊ねた。以前、巴の機体を作成した後、オリジナルの巴の機体はこの呉羽に引き渡した。組み込まれた生体部品の分析を頼んだのだ。結果的に巴の臓器やその他の生体部品はそれから間もなく朽ち果てたと言う。どういう意味かと優一郎はその時に問い掛けた。だが呉羽は言葉を濁して解答を避けた。
「タイプは酷似していると言えるわね。ただ、先の検体よりも今回の方がより難物だけど」
「具体的に、このまま栄子さんに何もしなければ、どうなりますか?」
コーヒーカップに口をつけないまま、優一郎は問い掛けた。呉羽のこの物言いも気になる。出来るだけストレートな答えを聞いた方がいいだろう。優一郎のそんな考えを読んだように呉羽は肩を竦めて頷いた。
「全身が腐敗するわね。ほぼ間違いなく。それが一ヶ月先か一年先か、それとも十年先なのかは私にも判らないわ」
それから呉羽はディスプレイの画面を切り替えて別の画像を示した。どうやらそれは呉羽の言う、別の誰かの手足を解析した結果らしい。それを見ていた優一郎は眉をひそめた。
栄子の手足は接合部がどこかは全く判らないらしい。が、とある場所から先は栄子のそれとDNA情報が全く異なるのだそうだ。そして日々、その境目は身体の中心に向けて徐々に進んでいるという。
「先の検体の部品はそれぞれが小さかったからね。まあ、進行もそれなりにゆっくりだったと思うのよ。でも今回のは違う。手足が全部だからね。それこそのんびりしてたら手足だけじゃすまなくなるわ」
優一郎はディスプレイから目を移し、呉羽を見た。呉羽は真剣な顔で優一郎を見つめ返す。
「切断して義手義足に置き換える、部分サイボーグ化で対処できませんか? 内臓は大丈夫なんですよね?」
「出来るよ。ただし、充分なリハビリ期間が必要になるし、そうするには本人が納得しないと駄目ね。いつものように騙し半分なんて出来ないわよ」
優一郎の問いかけに呉羽は即答した。確かに全身を機械にしてしまうヒューマノイド化とサイボーグのそれでは意味が違ってくる。ヒューマノイドは脳以外が機械で出来ていることもあり、動かすのにさほど苦労はしないのだ。だが今度のそれは身体の一部のみを機械化するのだ。当然、当人がそれを操るのにも慣れが必要になってくる。優一郎は難しい顔で考え込んだ。
吉良呉羽という人物が登場しました。
これでも医者です。