まあ、他の連中にもそーとー美味しそうに見えるというか。
あ、エロシーンはありません。
「はじめまして。吉良瀬奈月と申します」
それまで硬直していた黒が急に動き出す。感嘆の声を上げ、黒は身を乗り出した。奈月を検分するように見つめる。奈月は不思議そうな顔をしてそんな黒を見つめ返した。
「すっげえ上物! どうしたんだ、これ!」
嬉しそうに黒が喚く。立城ははいはい、と黒の身体を押し戻そうとした。が、黒は立城の足に身を乗り出したまま、頑として動こうとしない。
「あっ、あの……?」
困惑しつつ奈月が立城に目で訴えかける。立城は小さく笑って湯飲みを奈月に示してみせた。すると奈月は素直に立城の湯のみに茶を注ぐ。
「こっ、これ、オレにくれるのか!?」
目を輝かせて黒が喚く。立城はすっと目を細くして横目に黒を見た。手の中の湯のみが少しずつ重くなる。立城はにっこりと黒に笑いかけながらゆらりと動いた。左の肘が黒の背中を直撃する。
「どこまでも無礼だね、君は。最後には張り倒すよ?」
「もう殴ってるじゃねえか!」
立城の足の上で唸っていた黒が勢いよく頭を上げて叫ぶ。立城はそれを余所に奈月に微笑んでみせた。満たされた湯飲みを軽く持ち上げて頷く。
「ありがとう、奈月さん」
「あ、あの、この方は?」
困ったような顔で奈月が問う。その目は黒に注がれている。ああ、と笑って立城は肩を竦めた。
「冥界を取り仕切る筈なのに遊んでいて僕の手間を増やしてくれたぼんくら黒龍神ですよ」
「お、お前……八つ当たりもたいがいに」
「ぼんくらこくさん?」
黒の声と奈月のそれが重なる。奈月は特に厭味を言ったつもりはないのだろう。小首を傾げてきょとんとしている。立城は思わず口許に手を当てて声を殺して笑った。立城の足の上から身体を起こし、黒が喚く。
「違う! オレはこくよ」
「うん、ぼんくらなんです。これが」
最後まで言い切る前に立城はそう告げて奈月ににっこりと笑った。奈月が立城と黒を見比べて首を傾げる。
「えっと、ぼんくらこくよさん??」
「ぼんくらこくの方が語呂がいいかな」
真剣に考え込みながら立城はそう呟いた。すると真横で黒が苛立たしそうに頭をかきむしる。奈月は何度かぼんくらこく、と口の中で呟いてにっこりと笑った。
「ぼんくらこくさん、よろしくおねがいします!」
嬉しそうに言いながら奈月が軽く頭を下げる。黒はあああ、と情けない声を上げて奈月に手を伸ばそうとした。が、届く寸前で立城はその手を叩き落した。ついでに黒のその手を力任せに握る。
「だからすぐに手を出そうとするその悪癖を何とかしないと駄目だってば」
「うあああ、お、おい! 本気で握るな! 骨が砕ける!」
そうして黒が騒いでいる間に奈月は平然と黒に近づいた。屋根の上に置かれた黒の湯のみを満たし始める。立城は片手に握っていた茶をのんびりと啜った。黒はまだ目をむいて呻いている。
「あ、そうだ。奈月さん」
ふと思い出して声をかける。奈月は黒の湯飲みを満たし終えて腰を上げたところだった。
「あの、なんでしょう?」
首を傾げる奈月の顔からは微笑みが絶えない。だがその微笑みはいつもよりどこか曇っている。立城はにっこりと笑った。
「あのですね。今度、おつかいを頼みたいんですが」
まだ呻いている黒の腕を無造作に引く。すると黒は奇声を上げて立城の足の上に身体を乗せた。体重が足にかかると同時に手を離す。そして立城は流れるような動きで黒の背中を肘で打った。先ほどと全く同じ位置に肘打ちがきまる。
「おつかい、ですか? どちらへ?」
黒の悲鳴の向こうで奈月が不思議そうな顔をする。立城は微笑みながら頷いた。
「清陵高校へ」
途端に奈月の顔が輝く。満面に笑みを浮かべて奈月は頷いた。
「はいっ!」
再度、茶のお代わりを要求して立城はのんびりと茶を啜った。奈月は既に布団たたきに戻っている。先ほどより嬉しそうに布団を叩いているのはきっと気のせいではないだろう。
「……いつの間にあんなに上物になったんだか……」
いいかげん、叫び疲れたらしい黒が立城の足の上でそう呟く。立城は苦笑して湯飲みを傾けた。熱い茶に息を吹きかけて啜る。黒はそんな立城をちらりと見た。
「そりゃあね。色々あったし」
「まあな。でも、あれは目立つだろう? 幾らなんでも黙ってないと思うが」
誰、と黒は言わなかった。立城はぴくりと手を止めて無言で黒を見た。黒はじっと奈月を見つめている。その横顔がどこか憂いを帯びて見えるのは気のせいではないだろう。悲しみに叫ぶ魂の声は黒に直接届く。たとえ離れていても、黒は死に行く魂の声を聞き分けてしまうのだ。
なのに判らないなんてね。よほど遊びが過ぎていたんだよ。立城は内心でそう呟いてため息をついた。ああ、と黒が不機嫌そうな眼差しを立城に向ける。
「本当の名前をとられなかっただけでもありがたいと思ってくれる? 君、けっこう無防備なのに名前晒してるから」
「余計なお世話だ」
言いながら黒がゆらりと身体を起こす。乱暴に屋根の上の湯飲みを引ったくり、黒は茶を一気に飲み干した。空になった湯飲みを立城に放る。立城は片手でそれを受け止めてにっこりと笑った。
「じゃあ、早く行って来てね。ぼんくらこくさん」
黒がまともにひきつる。立城は極上の微笑みを浮かべて空になった湯飲みを屋根に置いた。待て、という黒の声は震えている。立城は微笑んだまま指を鳴らした。悲鳴を上げて黒の姿がかき消える。
「ふう、結界はこれで大丈夫かな。黒妖牙も無防備に垂れ流してるから」
呟いて立城は左手を軽く持ち上げた。手の先に溜まった黒い力を丁寧に編む。立城はしばらく鼻歌を歌いながら力を編み続けた。
奈月というキャラクターは本当に水輝しか見えてないのです……。