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誰もいない病室に入って要は勢いよく振り返った。優一郎が静かに扉を閉める。誰もいないこの部屋を貸してくれたのはあの女医だ。どうやらあの女医は優一郎と顔見知りらしい。が、この際それはどうでもいい。要はつかみかかるようにして優一郎に迫った。
「それで!? 何でしたの!?」
目を吊り上げて肩を怒らせながら要が優一郎に近づく。優一郎は自然と壁際まで後退した。今にも飛び掛りそうな勢いとはこのことかも知れない。小さくため息をつきながら優一郎は要を制した。
「要さんはどこまで聞いてらっしゃいますか?」
そう言いながら無人の病室を見回す。栄子のいる個室と作りは同じだ。優一郎は要の脇を抜けて丸椅子をベッドの下から引っ張り出した。一つを要に勧め、そう一つに腰掛ける。
「記憶がないっていうことは聞きましたわ。ショックが大きいとかで、回復するかどうかも判らないとか」
憮然として答えながら要は足を組んだ。こうして見ると要はどこにでもいる女子高生に見える。容姿は本人が自信を持っているだけあり整ってはいる。が、それはあくまでもこの年頃の女の子にしては、という話だ。優一郎は自然と自分の周囲にいる彼らと要を比べてみた。
彼ら、龍神と呼ばれる種は優一郎が見た限りでは抜群の容姿を誇る。どんな姿も思いのままだとは言え、あれほどまでに整っているのは恐らく彼らの美的センスが高いからだろう。彼らも無意識にそういう姿をとっている節がある。ヒューマノイド化された多輝の機体が徐々に姿を変えていったのも、恐らくそこに原因がある。
そこまで考えて優一郎は慌てて首を振った。今はそんなことを考えている場合ではない。
「要さん。検査の結果、さらにある事実が判明しました」
そう告げて優一郎は呉羽がしてくれた話を判りやすく噛み砕いて説明した。栄子の両手両足が別の誰かのものであること。このまま放置しておけば拒絶反応が酷くなり、じきに本体の方が腐敗する恐れのあること。そう話していくうちに要が青ざめる。
「栄子さんは、木村の施設において、既に人体実験の素材にされてしまっていたんです」
優一郎はその時の悔しさを思い出して唇を噛んだ。木村の実験場の情報は殆ど入手出来なかった。判った事と言えば、その場に子供らしい者がいたということだろうか。だがあの時の絵は葵に渡したままだ。そしてその葵も恐らくはもう生きてはいまい。様々なことに思いを巡らせた優一郎は、自然と俯いてこぶしを握り締めた。膝の上に乗せていた手が震える。
対する要は蒼白になっていた。目があてもなく周囲を泳ぐ。
「まさか」
殆ど聞き取れないほどの小声で要が返す。優一郎はゆっくりと顔を上げて要を正面から見据えた。
「だって、そんなこと……お母様はあんなに元気なのに!?」
だがその身体につけられた傷はまだ完全には消えていない。要も薄々は優一郎の言う事が本当だと判っているのだろう。喚いていても視線は頼りなく泳いでいる。
「今はそうでしょう。しかし近い将来、拒絶反応が出始めたら、生きながらにして身体が腐敗し、死に至るのです」
信じがたい話であるのは頷ける。もし、優一郎が何の前知識もなくその話を聞いたら、やはり呉羽を疑っていただろう。一口に拒絶反応と言ってもその症状は様々だ。しかも栄子は外見上は何らの問題もないように見える。それで信じろというのはまず無茶な話だ。優一郎はだが、ゆっくりと要に言い聞かせた。
「木崎、智美という少女のことを覚えてらっしゃいますか?」
かつて巴は木崎智美という名で清陵高校に潜入した。木村の諜報員として、だ。が、巴本人が思っているような諜報能力は皆無だった。だがそれを知らずに要は巴と接触、絵美佳率いる科学部を調査しようとした。
巴は木村の作成した実験体だった。機械仕掛けの身体のあらゆる箇所に生体部品を組みこみ、その耐久度を測る実験を行っていたのだ。そのことは巴当人も全く知らなかった。結局、科学部の調査は失敗に終わった。が、同時に巴自身の身体も崩壊に向かっていた。
「え、ええ。知っているわ。木村の諜報員かと最初は思ったのですけれど」
憤りのためか立ち上がりかけていた要が力なく答えて椅子に腰掛け直す。優一郎はそう、と要に頷いた。
「彼女も木村の実験体でした」
静かな優一郎の声に要が目を見開く。優一郎はゆっくりと判りやすいように要に説明した。巴の置かれていた状況について話すと要の顔が次第に歪んでいく。要は巴のことを全く知らなかったのだろう。やがてその顔が俯いた。
「でも! 彼女はまだ元気に学校に通っているではないの!」
そう言いながら要が助けを求めるように優一郎を見つめる。優一郎はため息をついて首を振った。
「寿命が尽きかけていた生体部品を全て機械に交換したんです。彼女は完全な機械人形と化すという代償を払って、存在を続けているのです」
「う……そ」
目を見張ったまま、要は掠れた声でそう呟いた。優一郎は静かに要を見つめていた。俯いていた要が顔を上げて首を激しく横に振る。だが優一郎はそれを受けて本当です、と告げた。
巴(『夢の隙間』では智美と名乗ってました)の話がちょっと出てきてます。