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「……その話をわたくしに信じろとでも?」
ヒューマノイド工学を全く知らない人間にとって、その話はただのお伽噺に聞こえても不思議はない。実際にその学問を志した人間ですら、最初は疑心暗鬼になるものだ。だがそれでも優一郎はこのチャンスを逃す気はなかった。今、余計なショックを栄子に与えるよりもその方が確実に救うことが出来る。
だが自分は本当に栄子を救いたいと思っているのだろうか。心の底では喜んでいる自分も存在する。栄子がかつて高校に通っていた頃にまで記憶が退行していることも、優一郎にとってはチャンスとしか思えなかった。そんな自分に嫌気がさす。
「吉良君。わたくしはお母様を救ってくださったあなたのことを信頼しています。ですが、その話を鵜呑みに出来るほど人間は出来ていないわ」
そう告げながら要が目を上げる。その目は真っ直ぐに優一郎を見つめていた。これまでに見たことのないほどに真剣な眼差しだ。
「とりあえず、話を最後まで聞いてください。信じるか、信じないかはそれから判断しても遅くないでしょう?」
少なくともヒューマノイドについての説明はまだしてはいない。優一郎は真っ直ぐな視線を正面から見つめ返した。
「機械の身体に人間の脳を組み合わせた、それらの機械人間のことをヒューマノイドと呼びます」
知識のない要に判る範囲で説明するのは困難だった。だが説明なしで納得など出来る筈がない。優一郎は根気よくヒューマノイドについて話を続けた。時折、要が言葉を挟む。その度に疑問点について優一郎は判りやすい答えを提示してみせた。
その機体の強靭性。人と見分けがつかない外見。エネルギーの補充は一日に一度。機体は老いを知らないこと。つまり、若く美しい姿を保っていられる。その辺りのことを説明してから優一郎は告げた。
「もちろん、ヒューマノイド化に伴うのはメリットだけではありません。デメリットも数多く存在します」
まずはストレス値の上昇について説明する。本来、ヒューマノイドは生きた人の脳とそのシステムを直結している。だがそれ故に記憶のギャップと呼ばれる現象が発生するのだ。脳で覚えたそれとシステムで記録されたそれはあらゆる面で違ってくる。システムは紛れもなく機械だ。それ故に感情などの曖昧な記憶が出来ない。逆に脳のそれは感情などのことを記憶できる上に、忘れるということが出来る。その忘却という生身独特の能力が問題なのだ。
機械は正確にあらゆる事象を記録する。だがそこに改ざんの余地はない。人の記憶が……殊に思い出と呼ばれるそれらは時と共に姿を変え、やがては記憶している当人も気付かないままで風化することがある。機械ではそういうことはあり得ない。そこにギャップが発生するのだ。
日々、ギャップは蓄積される。そしてそのギャップこそがストレスとなって溜まっていく。ストレス値が上昇する、というのはそのギャップの積み重ねのことを指しているのだ。
ストレスを解消するためにはどうするか。生身の人間であればあらゆる解消法があるだろう。だがヒューマノイドのそれは一点に集約される。それこそが女性しかヒューマノイドの機体に適合できない理由だ。
「ヒューマノイドを維持するためには性的な快感を定期的に与える必要があるんです。人間が食事や睡眠を必要とするように、ヒューマノイドは自慰やセックスと必要とします」
要が唖然となって口許を押さえる。その頬は真っ赤に染まっていた。
「せっ、性的な、快感って……でも、それは」
それまで平静だった要が見た目にもはっきりとうろたえる。優一郎はだが真面目な顔で頷いた。これまで幾度となくこの説明はしてきた。ちなり、カレン、保美、そして多輝。彼女たちもやはり、話を聞いた時に要と似たような反応をした。
「それだけじゃありません。ヒューマノイドは人と違って完全に自律して行動することができません。彼女達が身体を維持するためにはメンテナンスなど、他者からの奉仕行為を必要とします」
要は常に周囲に男性をはべらせている。ボディガードたちも含めて彼らを無駄に集めている訳ではないだろう。間違いなく要は彼らに性的な奉仕をさせている。優一郎はそう確信していた。先の性格診断テストでもその結果は如実に現れている。だがその反面、要は何者かに支配されたがっているのだ。
説明を聞いた要は真っ赤になったまま呟いた。奉仕、と口の中で告げる。
それから優一郎は別のデメリットについても説明した。機体維持には性的快感が不可欠だ。が、それ故に女性器はよく故障する。人を模していてもヒューマノイドには治癒能力がない。壊れたら修理が必要になる。もっともそれは、他のパーツについても同様だ。
「ヒューマノイドの制御装置は性器です。ヒューマノイドが完全にその能力を発揮するには度々性器を晒して各種の制御スティックを挿入したり交換したりしなければなりません。故障したら修理も必要です。もちろん性的な快感を入力する必要もあります」
聞いていた要の目が次第に興奮してくる。きっと自分の女性器にスティックを挿入するところを想像しているのだろう。優一郎と目が合うと慌てて視線を避ける。優一郎は微かに口許に笑みを浮かべた。
「もちろん、全てのヒューマノイドがそのような理想的な状態におかれているわけではありません。奉仕作業を受けられる状況は限られますからね」
「だっ、大丈夫ですわ! わたくし、それには自信がありますの!」
声を裏返らせて要が即答する。優一郎は瞬きをして要を見た。次いで苦笑して首を振る。
「もし、必要なら要さんのご相談にものりますけど、今は栄子さんの今後について、話合いましょう」
慌てたように要が周囲を見回す。そして要は真っ赤になって顔を伏せた。スカートを強く握り締めている。その手が小刻みに揺れている。優一郎は口許に微かな嗤いを浮かべ、要を見つめていた。
栄子と要の運命はいかに!