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これまでに遣ったタクシー代のことを思い、絵美佳は財布を覗き込んでため息をついた。その隣でちなりが目を潤ませる。
「ごめんね、ごめんね、ちなりのせいでお金いっぱい遣わせて!」
ちなりは今にも泣きそうな顔で絵美佳に迫った。狭い後部座席で擦り寄られ、絵美佳は必然的に窓の傍に追いやられた。タクシーの運転手があはは、と気楽な笑い声を上げる。
「気にしなくていいぜ」
にっこりと笑いながら絵美佳は内心で優一郎を罵倒していた。絶対に必要経費は後で請求してやる! そう、心の奥で誓う。だがまだ気が治まらないのか、ちなりはごめんなさい、と詫びている。
「ははは。こんな可愛いお嬢ちゃん相手じゃ、見栄の一つも張りたくなるわなあ。坊主」
呑気に笑いながら運転手がそうコメントする。絵美佳は困ったように笑ってちなりをさりげなく押し戻した。このまま接触していたらちなりは欲情してしまうだろう。現に絵美佳に迫りながら陰で手が動いていた。もう少しで股間を握られるかと思った。絵美佳は愛想笑いを運転手に返し、ちなりに視線を向けた。
「よかったな、ちなり、可愛いってさ」
手を伸ばしてちなりの頭を軽く撫ぜる。ちなりはえへへ、と笑って頷いた。
昨日、由梨佳は絵美佳に思う存分に快楽を与えられて正気に戻った。作業の手は止まらなかったから恐らく機体の方は充分に満足していたのだろう。だが由梨佳はそれから殆ど喋らなかった。真也に真実を言い当てられたことがよほど堪えたのか、それとも絵美佳に犯されたということがショックだったのかは判らない。絵美佳は窓から外を眺めながらその時のことを思い出していた。
ちなりは無事に修理され、こうして意識を取り戻している。それは単純に良かったと思う。だが絵美佳は複雑だった。ちなりのことはいい。修復作業は大成功だったと言える。だが当の作業にあたった由梨佳の方はずっと落ち込んでいる様子だった。
事実を言い当てられたことがそんなにショックだったのか。絵美佳は作業中の由梨佳にそう訊ねた。が、答えはなかった。由梨佳は力なく笑っただけで解答を避けたのだ。
「ところでもうこんな時間だが、お嬢ちゃんたち遅刻じゃないのかい?」
運転手がそう言って笑う。するとちなりが運転席に乗り出して頬を膨らませた。途端に運転手が息を飲む。室内ミラーにちなりの胸の谷間が大写しになる。
「えー。ちなり、学校に行くだけでも凄いんだもん。ずっと行ってなかったんだもん。だからいいの!」
答えになっているんだかいないんだか判らない返事をする。そうしながらちなりは横から運転手の顔を覗き込んだ。にっこりと笑いながら運転手の肩に手をかける。やれやれと苦笑して絵美佳はシートに深く沈みこんだ。疲れがどっと押し寄せてくる。
あの変態空耳野郎のせいだ。絵美佳は内心でそう呟いた。すると心の底で不服そうな声が上がる。前は気のせいで済んでいたその声は、あの時を境にはっきりと聞こえるようになった。
変態はないだろ、変態は。そう声が告げる。絵美佳は大きくため息をついて心の奥底にその声を沈めた。すっかり慣れてしまっているのだろう。声は絵美佳の意志に従って大人しくなる。
「ねぇ、運転手さぁん。サービスするからぁ、タクシー代、おまけしてよぅ」
甘い声で言いながらちなりが運転席と助手席の間に身体を滑らせる。さっきまで呑気に笑っていた運転手が生唾を飲む音がはっきりと聞こえた。
「お、お嬢ちゃん、冗談言っちゃいけないよ。ほら、彼氏が見てるじゃあないか」
力なく笑いながら運転手が室内ミラーを覗く。絵美佳は不機嫌に腕組みをして膝でちなりの尻を軽く叩いた。
「ちなり。いいから、やめろ」
「えー、だってぇ。ちなり、こういうの得意なのにぃ」
拗ねた顔でちなりが振り返る。運転手がほっとしたような残念そうな顔になる。絵美佳は舌打ちをしてちなりのミニスカートを引っ張った。後部座席に座らせて細い肩を抱き寄せる。
「お前は俺のだから、ダメなの」
ちなりの耳元にそう囁く。するとちなりは嬉しそうに顔をほころばせて絵美佳に擦り寄った。腕の中でうっとりと目を閉じるちなりを見た後、絵美佳はミラーに再度目をやった。困ったような顔をしている運転手に薄い笑みを向ける。
「お嬢ちゃん、あんまりおじさんをからかわないでくれよ」
情けない顔で笑いながら運転手がハンドルを切る。どうやら完全に諦めたようだ。それを見取った絵美佳は改めてちなりの肩を強く抱いた。腕の中でちなりが猫のように丸くなる。
タクシーが校門の前で停まる。絵美佳は支払いを済ませてちなりの手をつかんだ。手を繋いだまま歩き出す。窓を開けて運転手がちなりに声をかけた。
「お嬢ちゃん。あんまり彼氏を困らせないようにな」
元々、人がいいのだろう。運転手はそう言って手を上げて去っていった。ちなりがはーい、と元気に返事をしてタクシーに手を振る。絵美佳はやれやれと肩を竦めてまた歩き出した。
休憩時間に入ったためか、生徒たちの声が校舎内から聞こえてくる。絵美佳はさりげなく教師たちの目を避けて地下室に向かった。今日はロボットも学校を休んでいる。ちなりの修理のためにそちらに気を払うことが出来なかったからだ。
地下へ続く扉をくぐって研究室に向かう。ちなりは珍しそうにあちこちを見回している。あんまりうろちょろするなよ、と言い残して絵美佳はちなりの手を離した。
気の毒な運転手さん……。