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「そういえばさあ。優一郎くんって清陵高校だよね?」
「あっ、はい」
慌ててそう返事して優一郎はライターを葵に戻した。葵は包帯だらけの手でそれを受け取り、ポケットにしまう。その手つきは妙に滑らかだった。あれ、と目を細めた優一郎の耳にまた葵の声が届く。
「ちょっと別件で調べて欲しいことがあるんだよねぇ、オレ」
「なんでしょうか?」
実は小耳に挟んだんだけど。そう言ってから葵は続けた。清陵高校という場所そのものがとても特殊なこと。高校の建つ丘は、地形的にあのサイズの建築物を支えられる土地ではないという。
「前にね。仕事であの辺りに行ったんだけど……どう考えても変なんだよ。普通、学校の周辺って人が集まるから色々と開発されたりするじゃない? でも、あの一帯にはそれらしいものがない」
あの辺りの土地を所有しているのは吉良瀬財閥だ。もしかしたら立城はわざと学校を街から孤立した状態にしているのだろうか。優一郎は葵の話を聞きながら口許に指をあてた。
なんのために? 今更ながらに素朴な疑問がわいてくる。
「でね、噂に聞いたんだけどさぁ。……まあ、これは信じなくてもいいんだけど」
長く伸びた灰を地面に落として唇に煙草を咥え直す。そんな葵を優一郎は無言で見ていた。
「あの学校、人外がけっこう集まるって噂。ウチの社内でもごく一部の役員しか知らないんだけどさぁ。まあ、オレもいちお、社長付きじゃない? 情報は仕入れときたいかなあ……って、どしたの?」
ふと葵が優一郎に訊ねる。優一郎は慌てて目を上げた。いつの間にか俯いてしまっていたのだ。
「人外?」
葵の言うその意味を図りかねて優一郎は訊ね返した。ただ単に人間以外と言われてもその種類は様々だ。正確に言えばヒューマノイドも人ではない。それに絵美佳の科学部で作り出されたロボット等もそうだ。果穂のつれた巨大ななめくじも、実験で使用される動物たちもそうだ。そして龍神も。優一郎の頭に素早くそれらが浮かび上がる。
「ああ、そっか。一口に人じゃないってゆってもねぇ。色々だよねぇ」
そう言って葵は困ったように口を閉ざした。その目が泳ぐように周囲を見る。病棟に入院している患者たちだろう。のんびりと歩いている姿が目に留まる。
風が流れる。ふと優一郎は瞬きするために瞼を下ろした。次に目を開けた瞬間、優一郎は絶句した。あれだけいた患者たちの姿がない。優一郎は驚愕に息を飲んで周辺を見渡した。だが前方はおろか、後ろにも誰もいない。いるのは横の葵だけだ。
「うおおおお!?」
葵が奇声を上げて慌てて立ち上がる。だが勢い余ってその場に崩れてしまう。優一郎は周囲を警戒しながら葵を支えた。
「なにこれ、なにこれ、なにこれ! 誰もいないよう!」
半ば泣きそうな顔で葵が喚く。人々の姿が消えたあの一瞬、優一郎は葵のことを疑った。が、どうやら違うらしい。優一郎は周囲に目を配りながらポケットを探った。手のひらに納まるサイズのそれを取り出す。
素早く操作して周辺の残留力を計測する。針は振り切られている。間違いない。風の主の仕業だ。
「うええん。なに、それ。オレ、なんか悪いことしたのかなぁ」
試すように優一郎はチェッカーを葵に向けた。混乱している葵がなに、と慌てた声を上げる。だがチェッカーは葵に特に反応している様子はない。優一郎はため息をついてそれをポケットに戻した。
「いったい、どうしたんでしょう?」
平然と告げる優一郎とは対照的に葵は騒いでいる。何も知らない葵なら当然の反応だ。優一郎は葵を慰めるように背を支え、再びベンチに座り直させた。不安一杯の面持ちで葵は周囲を見ている。
風が吹き抜ける。優一郎は風上を何となく見た。そして目を見開く。誰もいなかった中庭に一人の少年が立っている。学生服に身を包んだその姿を見た優一郎は絶句した。
「多輝? いや、違う」
呟きが自然と口から漏れる。え、と葵が顔を上げる。その瞬間に少年が軽く手を上げた。轟音と共に強い風が吹いてくる。優一郎は葵を庇いながら懸命に足を踏ん張った。落ちた木の葉が風に煽られて天高く舞う。
風が止む。閉じていた目を開けた優一郎は思わず息をついた。誰もいなかった中庭に人々の姿が戻っている。
「なっ、何が何なんだか……」
ベンチに座った葵ががっくりと肩を落とす。その唇からは煙草がなくなっていた。どうやら風に巻かれた時に飛ばされたらしい。改めて煙草をポケットから取り出している。だがその手は小刻みに震えていた。
「葵さんは僕以外の誰かを見かけましたか?」
静かに訊ねる。すると葵は力なく首を横に振った。見えないよう、と弱々しい声で答える。優一郎は目を細めて少年が出現していた場所をじっと睨んだ。
「集団幻覚、だったんでしょうか? 葵さん以外、誰も見えなくなってしまって」
「オレも優一郎くんしか見えなかったよ」
あの時、優一郎の目には確かに少年の姿が映った。だが葵にはどうやら見えなかったらしい。まだ震えている葵の肩を慰めるように叩き、優一郎はベンチに腰掛けなおそうとした。
動きを止める。ベンチにはいつの間にか封筒が挟まれていた。葵は気付いていないようだ。優一郎はそっとそれを上着の中にしまった。
「な、何か間が悪そうだから話はまた今度……ううう、何でこうなるんだよぅ」
すっかり動揺しきっているのだろう。葵が力なく告げる。優一郎はええ、と頷いてベンチに腰掛けた。風の主、と胸の中で呟いてみる。
「あの、葵さん、以前お話を頼まれました社長令息の件ですけど。直接、話を進めてしまっていいですか?」
「え、あ、ああ。社長の息子ね。うん、よろしく頼むね」
言いながら葵がのろのろと立ち上がる。まだ混乱しているのだろう。咥え煙草のままで病棟に戻ろうとする。優一郎は慌ててそれを引きとめた。幾らなんでも病棟内は禁煙だ。それを告げると葵は力なく笑って煙草を灰皿に押し込んだ。
人外っても色々なんですよね……w