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そのエネルギーを別のことに使えよ。内心で呟いて水輝は階段の手すりに手をかけた。軽く踏み切って手すりを飛び越える。すると要も水輝と同じように手すりを身軽に飛び越えた。へえ、と感嘆の声を上げてしまってから水輝は慌てて残りの階段を降りた。
「お待ちなさい!」
「いいかげん、諦めろよ。あんたも大概、しつこいな」
息を切らしている要とは対照的に水輝は平然とそう言い放った。要は必死で水輝を追って来る。水輝は半ば呆れてスピードを上げた。一気に要を引き離しにかかる。だがその直後、要が水輝の背後で叫んだ。
「それなら、わたくしのどこが気に入らないのか、教えてくださいまし!」
それを耳にした水輝はぴたりと足を止めた。廊下の真ん中で立ち止まる。ああ、と笑って水輝はのんびりと振り返った。走ってきた要が慌てたように手を振り回す。水輝は片腕を伸ばしてよろけた要の身体を抱きとめた。
「十把一絡げってのがなあ」
ぼやくように告げながら水輝は要を解放した。要はまだ息を切らしている。その顔に苦痛を感じているような表情が浮かぶ。水輝はじゃあな、とまた手を上げて去ろうとした。
「お待ちなさい!」
「今度はなんだ?」
水輝は呆れた面持ちで振り向いた。要は肩で息をしながら水輝を睨むように見ている。どうやら相当に傷ついたらしい。そのことだけは心の内側を読まなくても判る。水輝はやれやれとため息をついて要の言葉の続きを待った。
「つまり、わたくしに信奉者が居るのが気に入らないという理解でいいですわね?」
「そうだなあ。あんたが侍らせてる男共を切るんだったら少しは考えてもいいかなあ」
どうせそんなことは出来ないだろう。そう思いながら水輝は小さく笑った。要がぜいぜいと息をしながら水輝に一歩、迫る。走っていたために要の髪は乱れている。しかも鬼気迫る顔で近づいてくるのだ。水輝は眉を寄せて一歩だけ下がった。
「そのような事ができると思いますの? わたくしに忠誠を捧げている者を裏切るなど!」
「じゃあ、今のままでいいじゃないか。おれ、あんたを崇拝する気はさらさらないぞ?」
要が絞るような声で告げた言葉を水輝はあっさりと切り返した。要がまともに言葉に詰まる。だが要は苦しむような顔で水輝のジャケットをつかむ。どうやらこのまま行かせてくれる気はないらしい。水輝は深々とため息をついて次の要の言葉を待った。いつまでこの問答が続くのだろう。そう考えてみる。
ふと思いついたように要が顔を上げる。
「恋人と従者は違いますわ!」
名案を思いついたという顔で要が告げる。水輝ははいはい、と笑いながら要の手をやんわりと解いた。ジャケットから簡単に手が離れたことが不思議だったのだろう。要は何度か手を握ったり開いたりしている。
「いや、あんたはきっと同じに見てるよ。だから却下」
第一、好みじゃないし。そう付け足して水輝は身を翻らせた。要が後ろから何かを喚く。だが今度は水輝は足を止めなかった。知らん顔で廊下を進む。
角を曲がる。すると水輝の行く手を数人の男子生徒が阻んだ。要が一人でむきになって水輝を追っていたのにはこういう訳があったのだ。なるほどね、と水輝は小さく呟いた。各自が手に武器を持っている。どうやら言ってきかなければ脅迫するという手筈らしい。
「おれは機嫌が悪いんだ。とっとと退け」
足音が後ろから近づいてくる。水輝は舌打ちをして肩越しに振り向いた。要はまだ諦めていなかったのだろう。水輝の後ろに迫る。
「好みじゃないというのは、どのようにですの?」
要は目を潤ませている。演技ではないだろう。水輝は要から流れてくる思惟を読んでそう判断した。が、泣かれたからと言って譲る気はない。
「顔が」
きっぱりとそう言い返す。すると要がぴくりと眉を上げた。水輝にじわじわと近づいてきた男子生徒たちが一斉に色めき立つ。要はふん、と鼻で笑ってふんぞり返った。胸を反らしている。90D。水輝はそう内心で呟いた。
「わたくし、容姿には自信がありますわ!!」
本人が言うだけあり、要のスタイルは整っている。水輝はふうん、と呟いて要の全身を眺め回した。だから顔がっつってんだろ。そうぼやく。だが要はそんな水輝の声を全く聞いていないらしい。捕まえようと水輝に手を伸ばす。
「自信があろうがなかろうが、おれの好みとは関係ないだろ」
言いながら身体をひねる。伸ばした要の腕は水輝のいた空間を薙いだ。思っていたよりは動きが速い。水輝は感心しながら続けざまに三度ほど要の手を避けた。
「では、どのような女性が好みですの!? 間に合ってると言ったからには、いまつきあってる女性がいらっしゃるのでしょう!?」
水輝がつかまらないことに相当苛立っているのだろう。要が肩を怒らせて叫ぶ。やれやれ、と水輝は肩を竦めた。鞄を軽く宙に放る。それと同時に水輝は床を蹴った。たむろしていた男子生徒たちの中に突っ込む。手刀と肘、膝を同時に繰り出す。続いて身体を反転させて回し蹴りを放つ。最後に裏拳を飛ばしてから水輝は一歩だけ前に出た。落ちてきた鞄が腕の中に落ちる。
「女はいるよ。でも何でそれをあんたに教えなきゃなんないんだ?」
要は放心したように床に倒れた男子生徒たちを見つめていた。水輝は床に転がったトンファーを一本拾い上げて要に放った。要が慌てたようにそれを受け止める。
「まあ、でもあんたの気概に免じて……おれから一本取ったら教えてやるよ」
「わかりました。手加減はいたしませんわよ!」
要はトンファーを構えて水輝に突っ込んだ。どうせ何言っても諦めないだろうしな。のんびりとした気分で水輝は要の攻撃を避けた。要の肩に手をかけて身軽に飛ぶ。要の背後に降り立った水輝はごく弱い手刀を放った。要の身体がぐらりと揺れる。
「あんたの負け。じゃ、そゆことで」
水輝は鞄を抱え直して歩き出した。倒れた要が呻いている。どうせまた、明日になれば別の方法で迫られるだろう。うんざりしながら水輝はその場を去った。
そもそも彼女持ちな時点で諦めろというかw