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白い封筒は机に乗せられている。優一郎は手にした便箋に再度、目を向けた。短い文章がそこに記されている。何度読んでも意味が判らない。ただ、最後の署名だけは見たことがあるものだった。順の名前が記されていたのだ。
木村順。優一郎は静かにそう呟いてみた。先の事件からずっと関わっているというのに、その正体については全く判っていない。優一郎は苛立ちをこめて便箋を指で弾いた。
天と地の混じるところ。雷と炎が混ざった時、風が生まれる。
便箋に書かれているのはそれだけだ。意図もはっきりしないし意味も判らない。だが優一郎はどうしても便箋から手を離せなかった。不穏なことが書かれている気がしてならないのだ。
だがこの封筒を残したのは恐らく順ではない。あの時、現れた多輝によく似た者は別の誰かなのだろう。となると、あの時にチェッカーで測った残留力も風の主のものではないことになる。現にあの少年は風を操ってみせた。チェッカーが読み取ったのはその力だろう。
風の主とは別にもう一人、風の力を操る者がいる。優一郎は目を細めて机の上に乗せた一枚の名刺を取り上げた。葵から貰ったその名刺の裏には社長の自宅の電話番号が書かれている。葵を秘書として雇っている社長なる人物は息子の件を肯定した。写真の少年がこの封筒を残した少年と別人なら何ら問題はない。それを確かめるためにも会う必要がある。
もし、封筒を残したあの少年が多輝の身体を使っているなら、取り戻さなくてはならない。多輝は今、ヒューマノイドの機体に納まってはいるが、いつ何が起こるか判らないのだ。その時のために肉体は確保しておきたい。
ただ、写真の少年を要にすぐに会わせる訳には行かない。要は多輝をとても好いている。もし、多輝にそっくりの少年に惹かれてしまったら目も当てられない。折角、その気になりつつあるのに、その時点で計画は全て白紙になる。もちろん、ロボットの件についても同様だ。少なくとも要を改造してからでなければ会わせられない。
とりあえずこれは覚えておくしかないか。そう呟いて優一郎は封筒に便箋をしまおうとした。が、何かがひっかかる。怪訝に思いながら優一郎は封筒を逆さまにして振ってみた。すると小さな石のようなものが転がり出る。
机の端から落ちそうになったそれを受け止める。指の間に挟み、目の高さに翳す。優一郎は丸い空色の石をじっと見つめた。
石を見た優一郎が真っ先に考えたのは龍神たちの持つ宝珠と呼ばれる宝玉のことだった。だが宝珠は全部で八色しかない。青、緋、金、銀、紫、翠、黒、白。その八色以外に龍宝珠と呼ばれるものはないのだ。
じゃあ、これは何だろう。風の主の送ってきたものだ。意味のない筈はない。優一郎は眉を寄せて白衣のポケットからチェッカーを取り出した。いつ、いかなる時もこのチェッカーを優一郎は持ち歩いている。一度、測定すれば力の質を記録できるからだ。
一気に針が振り切られる。優一郎は驚いて指の間に挟んだ石を凝視した。タイプは風と表示されている。優一郎は慎重に石をシャーレに入れた。蓋をして机の上に置く。便箋を戻した封筒とシャーレ、そしてその隣には一枚の名刺があった。優一郎はその三つを順繰りに見つめた。
ふと頭の中に閃くものがある。優一郎はシャーレに目を留めて口許に薄い笑みを浮かべた。もし、あの少年が多輝の身体を使っているなら。考えを巡らせながら優一郎は立ち上がった。私室である研究室の中を見回す。実験台の上には真新しい二体のヒューマノイドの機体が横たえられている。片方は栄子、もう片方は要のために作ったものだ。栄子のそれはすぐにでも使用することが可能だ。が、要のそれは一応作ったものの、無難な出来栄えになってしまっていた。改めて作り直そうと思っていた矢先だったのだ。
仮宿ならこれで充分だよね。優一郎はそう呟きながらくすくすと笑い出した。要は多くの男たちにかしずかれるのを好むらしい。周囲に侍らせた男たちに奉仕をさせることに悦びを感じるのだ。それであればその性質に合わせた機体が必要だろう。
知らず知らずのうちに優一郎の顔は喜びに歪んでいた。
優一郎は趣味に走る時に本性が出ますねーw