エロシーンはありません。
二日目は見知らぬ男子生徒が教室に大挙して押し寄せた。三日目は授業中に全校放送で呼び出された。四日目は……。指を折って思い出していた水輝は奥歯を噛みしめた。ぎり、という嫌な音が口の中に響く。
「ど、どしたの? 池田君。何だか怖い顔、してるけど」
傍にいたクラスメイトの女子生徒が話し掛けてくる。水輝はああ、と手を上げて苦笑した。何でもないと呟いてみる。するとその生徒は頬をうっすらと染めてそう、と答えた。
誰にも聞こえない程度のため息をつき、水輝は席を立った。とにかく腹が減った。ポケットに手を突っ込んで教室を出る。水輝が向かうのと同じ方向に生徒たちの流れが出来ている。食堂にまで流れは続いていた。購買部でパンを買う者と食堂で食券を買う流れに分かれていく。水輝は片方の流れに乗って食堂に入った。
いつまでも変わらないなあ。そんなことを思いながら食券のボタンを押す。食堂内の雰囲気は以前、水輝がここにいた頃と全く変わっていない。腹を減らした生徒たちの賑わいを横目に水輝は券を片手に歩き出した。
カウンターに食券を乗せて待つ。調理場で働く女性が出してくれた定食を片手に水輝は空いているテーブルを探した。カウンターに近いところからテーブルは埋まっている。どうやら少し遅れたのがまずかったらしい。やれやれ、と肩を竦め、水輝は辛うじて空いているテーブルに向かった。カウンターから一番離れた席だ。
音を立てて椅子を引く。一人でテーブルについて水輝は食事を始めた。黙々と定食を片付けていく。これじゃ全然、足りねえし。次は何を食うかなあ。呑気に考えながら水輝は素早く定食を平らげた。空になった食器を片手にカウンターに戻る。食器返却口にトレイごと食器を突っ込み、改めて食券を買い求める生徒の列に加わる。
次は丼かな。水輝は結局、テーブルと食券販売機の往復を五回ほど繰り返した。最後にプリンを自動販売機で買う。さすがにその頃になると食堂内の生徒の数も徐々に減ってきた。空いたテーブルが目立ち始める。
生ぬるい茶を湯のみに注ぐ。水輝はプリンの蓋を開けてスプーンを手に取った。それまでとは違い、ゆっくりとプリンを食べ始める。
食堂の中で賑わっていた生徒たちが次々に外に出て行く。水輝はそれを横目に見た。唇の端にぶら下げたスプーンの柄が揺れる。出て行く生徒たちの中に目的の姿はない。まあ、当然か。水輝は内心でそう呟いた。
氷龍神の手がかりをつかむこと。立城を狂わせた力の許を探ること。順が何を画策しているのか調べること。やることは山積みになっている。考える水輝の機嫌は次第に悪くなっていった。地下にある妙な気配も気にかかる。
こんな時、立城がいたらなあ。自然とそう考えてしまい、水輝は強く頭を振った。今更、頼る訳にはいかない。立城は立城で、自分のことに手一杯だろう。そうでなくても蘇る筈のない者の気配がしているのだ。
先の事件で立城は密かに夢を渡った。元々、水輝は夢使いの力を持っている。その力を利用して立城は都子を救出したのだ。それは水輝も判っていたことだった。が、立城は都子を救出した後、しばらく現実世界には戻ってこなかった。
夢の世界でもいい。一目会えたら。立城が思ったのは恐らくそんなところだろう。だが夢を渡る術は恐ろしく力を消耗するのだ。仲介した水輝の力を食い、実際に夢に潜っていた立城の力も食う。だがそれでも立城は夢を渡った。
理由なんて一つしか思いつかないがな。水輝は内心でそう呟きながらスプーンをプリンの容器に突っ込んだ。
食堂の硝子窓は広々としている。真昼の明るい日差しを硝子越しに見つめ、水輝はスプーンを置いた。空になったプリンの容器をつかむ。湯のみを同時に取り上げ、返却口に向かう。
空容器とスプーンをゴミ箱に放り、湯飲みをカウンターに突っ込んで振り返る。水輝はポケットに手を入れて歩き出した。真っ直ぐに目的のテーブルに近づく。包帯を巻いた二人の男子生徒が水輝を見止めて身構える。
「随分なものを盛ってくれるじゃねえか」
テーブルの脇に立って水輝はポケットから手を出した。手の中に握ったそれをテーブルに乗せる。要の目の前に五つの錠剤が転がる。真っ白なそれを要は見つめ、次いで鋭く舌打ちした。
「さすがですわね……」
そう告げた要が水輝を斜めに見上げる。水輝は呆れたため息をついて錠剤を指差した。二人のボディガードはいつでも飛びかかれるよう、中腰になっている。
「阿呆。そんなもん、固形のまま入ってたらおれじゃなくても気付くぞ」
きっと調理場の女性を買収して混ぜるように頼んだのだろう。水輝は再びため息をついてちらりと調理場を横目に見た。調理場の中で一人の女性が手を振っている。転入してすぐに水輝と仲良くなった女性だ。彼女は恐らく、わざと固形のままで錠剤を食事に混ぜ込んだのだろう。要から金を受け取る。それと同時に水輝が出来るだけ気付きやすいように固形のまま睡眠薬を混ぜる。女性にとってはそれでも仕事をこなしたことになるから、金を戻せとは言われない。水輝は苦笑して女性に手を挙げて応えてみせた。
「あのおばちゃんも逞しいなあ。相変わらず」
殆ど声にならない声で水輝はそう呟いた。改めて要に目をやる。要はテーブルに転がった錠剤をハンカチに包んだところだった。
「今回は負けを認めましょう! でも次はこうはいかなくてよ!」
きらり、と要が目を光らせる。水輝は肩を竦めてテーブルから離れた。どこまでもしつこいやつめ。内心でそう呟く。
例えば一度きり、抱けば気が済む相手ならためらいもなくそうしている。が、要はそんな程度では恐らく納得はしない。水輝は食堂から出て教室に戻りながら考えた。どのみち、要は諦める気はないのだろう。最初は珍しく思って相手にしてきたが、いささか飽きた。次に仕掛けてきたら叩きのめすかなあ。不穏なことを考えつつ、水輝は教室に入った。
「ん?」
ドアをくぐったところで水輝は足を止めた。目を細めて振り返る。水輝は無言で廊下に取って返した。予鈴が響き渡る。だが水輝はそのまま廊下を進んでいった。
真似は出来ないとは思うんですけど一応。