エロシーンはありません。
指先につまんだそれを日差しに翳す。立城はのんびりと庭でお茶を飲んでいた。傍にいるのは蒼だ。蒼はすっかりこの屋敷に慣れたらしい。最初のように戸惑うことも少なくなったようだ。まあ、水輝の使い魔という時点で貧乏くじをひいていると思うけど。立城は内心でそう呟いて微かに笑った。
「主はそのことは?」
静かに蒼が問い掛ける。立城は笑って手の中にそれを握った。笑顔のままで首を横に振る。
「気付いていないんじゃないかな。もし、気付いていたら拾っていくだろうし」
手の中の青い石はひんやりとしている。立城は再び指を開いて手のひらの上でそれを転がした。水輝のピアスの片方だ。蒼が静かにそれを見つめる。
「蒼はハンターについてどの程度、知っているの?」
ピアスをテーブルに乗せて立城はそう訊ねた。はあ、と曖昧に返答して蒼が指を折る。
「龍神に為れない者がなる、龍宝珠を糧としており、龍神を殺傷する能力があるということくらいでしょうか」
自信なさそうな声に立城は微笑んでみせた。蒼の言ったことは間違ってはいない。だがそれらは表面上の話だ。
「狩る者というのが正式な名前だよ。狩りをしなければ生きられない血をハンターと呼ぶんだ。それは龍神に限った話じゃない。主な糧は龍宝珠だけれど、ハンターにもやっぱり力に差があるんだ」
龍神を屠ることの出来るハンターは限られている。だからハンターは群れる。群れを為して龍神を襲うことで、平均的に龍宝珠が行き渡るようにする。それがハンターたちの生き方だ。現存するハンターの正確な数は判らないが、今こうしている間にもどこかで狩りが行われているだろう。立城はそう告げた。
「集団で狩りを行うことで力なき者にも糧が渡る、ということですか」
考えるように蒼が呟く。何かが引っかかっているのだろう。立城はにっこりと笑って肯定した。
「そう。力のあるハンターは力のない仲間を養う。そうしてハンターたちは生きているんだよ」
「ですが、龍神に限った話ではないと……?」
神妙な顔で蒼が訊ねる。ああ、と笑って立城は頷いた。
ハンターは狩りをしなければ生きられない。それはある種、本能的なものだ。狩り続けることで自己を保とうとする習性があるのだ。だが龍神を狩るチャンスはごく限られる。そうそう発生するものでもない。罠に嵌めるにしても、それなりの準備が必要になる。その準備期間はどうしても長くなる。例えば力の弱い龍神でも、探知能力そのものは人とは比べ物にならないほどに高い。罠を張るにも細心の注意を払う必要性があるし、自然、その罠も周到になる。
一般的に人の口にする食料を取ることも可能だ。が、ハンターの根本的な飢餓感はそんなもので満たされるほど生易しくはない。
「人をね。狩るんだ」
そう言って立城はひっそりと笑った。自分を責め苛む飢餓感を払拭するため、ハンターたちは少しずつ人を狩る。その心臓は僅かだが彼らの飢餓感を埋める。
「もちろんそれは龍宝珠に比べればごくささやかな力かも知れない。だがそれでもハンターたちは飢えを凌ごうとして人を狩る。欲求を抑えられないハンターは特にその傾向が強いんだ」
人の使用するドラッグとは桁違いの力の中毒症。そう、立城はハンターを表現した。蒼が次第に顔を曇らせる。
「力に支配され、やがてそれを取り込むことだけが生きがいになる。やがて器の中に溜まった力に食いつぶされる時まで、ずっとね」
ハンターの末路はほぼ二種類に分けられる。龍神を襲って返り討ちにあうか、力に食いつぶされるかのどちらかだ。立城はそう言いながら二本、指を立ててみせた。はい、と蒼が力なく返答する。
「龍神もただ黙ってやられている訳じゃない。ハンターの多くは返り討ちにあって命を散らすんだ。もっとも……最近はその数も減っているようだけれどね」
龍神そのものの力が衰えていることがその所以だ。立城はその言葉をそっと胸の奥にしまった。蒼は静かな眼差しをテーブルの上のピアスに向けている。
「……どうしてその話をわたくしに」
静かな声が聞こえる。立城は微かな笑みを浮かべて蒼の肩を軽く叩いた。蒼がのろのろと顔を上げる。不安を押し隠しているのだろう。穏やかな面立ちに微かに陰がさしている。
「水輝は中毒に陥っているんだ」
ハンターが飢えを満たすために人を狩るように、水輝はたびたび人を狩る。それは龍神の間では禁忌とされる行為だ。何故ならたとえ力のある龍神でもその甘い蜜から逃れられなくなるからだ。
水輝の力を受けて蒼は誕生した。が、主の歪みを使い魔である蒼は無条件に受け入れることになる。使い魔には元々、主に絶対の忠誠を誓うという性質がある。ありていに言えば、主以外はどうでもいいというスタンスを取るようになるのだ。それが使い魔が使い魔でいられる理由だ。
立城は指先でピアスをつまんだ。いつからか水輝が常に身につけるようになったものだ。どうして多輝の部屋でそれが発見されたかは理解できる。水輝は立城に隠れて多輝の記憶を解放しようとしたのだ。
「よくよく、僕のすることが気に入らなかったのかな。相変わらず無茶をする人だよ」
そう言いながら立城は小さく笑った。今、世界のバランスは大きく崩れている。もし、そのバランスが一気に戻ってしまったら、恐らく水輝はただではすまないだろう。断罪の主が水輝の所業を看過するとは思えない。
「奈月さんを呼んでくれるかな?」
にっこりと笑って立城は告げた。蒼が静かに立ち上がって一礼する。
この頃の立城の判断力はちょっと……w