※この作品はR-18です。

魂の座 一部 凍えた魂   作:伊駒辰葉

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この辺りからヤバくなってきます!
BL系苦手な方は気をつけてください。
憑依警報!

一応、エロシーンはありません。


水輝と真也の再会 1

 気配が近づいてくる。水輝は咥えていた煙草を指で挟んだ。気配を読みながら小さく笑う。これまで、地上に出てこなかった絵美佳がようやく学校に姿を現したのだ。

 

 今は授業中で周囲は静まり返っている。水輝は外と校舎を繋ぐドアの前に立っていた。校舎の外側につけられた階段には誰もいない。どうやら絵美佳は人目を避けてこの階段を使うことにしているようだ。ゆっくりと気配が階段を降りてくる。

 

 水輝はそっと耳元に手をあてた。指先が空振りして耳たぶに触れる。水輝はため息をついて指で軽く耳たぶをつかんだ。右の耳のピアスがない。気付いたのはつい先日のことだ。なくした場所の見当はつく。が、今更取りには戻れない。今、戻ってしまったらここに来られなくなる可能性が高いからだ。

 

 あの時か。水輝は目を細めて手を下ろした。多輝の封じられた記憶を溶かすため、一度だけあの部屋に入ったことがある。その時に寝ぼけた多輝と半ば揉みあいになってしまったのだ。なるべく気配を殺そうと努めていた水輝は、多輝を冷たくあしらうことが出来なかった。大人しくさせるために何とかベッドに組み伏せた。結局、多輝はそのまま眠ってしまったのだが、その時にピアスが外れてしまったのだろう。やれやれ、と息を吐いて水輝は伏せていた目を上げた。

 

 思えばあの時から歯車が狂っているんだ。水輝は遠く沈みかけていた記憶を引っ張り出してみた。明るい笑顔のよく似合う少女だった。兄と慕い、少女はいつも水輝の後をついて歩いた。時折、転びかける少女に水輝は手を差し伸べた。小さなあの手は何の疑いもなく水輝の手につかまった。

 

 成長する少女を見守っているだけで何故か安心できた。安らぐ日々がずっと続けばいいのにと願った。だがその日は長くは続かない。それも判っていた。

 

 あの日、水輝は少女に手をかけた。不可抗力だったとはいえ、少女を自分の刀で刺し殺してしまったのだ。

 

 生きていて……お兄ちゃん。紫翠の分も、生きてね。

 

 忘れられない言葉が心の中に響く。水輝は鋭く舌打ちをした。今更、思い出したところで死んだ少女が帰ってくる訳ではない。そして紫翠にも同じ事が言える。水輝は喉の奥で小さく嗤って煙草を咥え直した。

 

 ゆっくりと気配が降りてくる。水輝はゆらりと壁から身体を引き剥がした。一歩、横に出る。階段を降りていた絵美佳がぴたりと足を止める。水輝は検分するように絵美佳を眺めた。階段の途中で止まった絵美佳が不審そうに眉を寄せる。

 

 絵美佳は水輝を見て止めていた足を再び動かし始めた。ゆっくりと階段を降り始める。水輝は無言で傍を通り過ぎようとした絵美佳の腕を無造作につかんだ。

 

「わざわざ出向いてやったんだ。無視することはないだろう?」

 

 皮肉に笑いながら水輝は絵美佳の腕をつかむ力を少し強くした。絵美佳が顔をしかめてその手を振り払う。

 

 絵美佳はその肉体を男の性へと変えている。原因は間違いなく真也だろう。それに絵美佳は当初から男としての器を持っていた筈だったのだ。生まれた魂はとても頼りなかった。弱々しいその魂が長く生きられるとは思えなかった。それが絵美佳が誕生した時の立城の感想だったらしい。が、ちょっと目を離した隙に絵美佳の魂は輝きを増した。そして傍にあった斎姫の魂を食ってしまったのだ。

 

 斎姫の女としての性を取り込んだ絵美佳はその性を変えた。これまで絵美佳が女の性であったのはそういう理由がある。そして今、絵美佳は男の性をまとっている。本来の絵美佳の性と真也の性が斎姫のそれを上回ったのだ。

 

 水輝を見る絵美佳の目は鋭い。

 

「こんなところで話なんて出来ないだろ?」

 

 そう言って絵美佳は顎をしゃくった。水輝は片方の眉を上げて絵美佳を見た。が、絵美佳は水輝の視線を無視して先に進んでいく。ため息をついて水輝はその後を追った。

 

 地下には行きたくないんだがなあ。水輝のぼやきに絵美佳が振り返る。けっ、と喉の奥で吐き捨てて絵美佳は息を吐いた。

 

「こう見えても俺はこの学校の生徒じゃないんでね。呑気に地上で話なんてできねんだよ」

 

 ぞんざいに告げられて水輝は顔をしかめた。いま、絵美佳の表面に出てきているのは間違いなく真也だろう。だが真也は水輝を見てもすぐには襲い掛かってこなかった。何故だろう。即座に戦いになると踏んでいた水輝は内心で首を捻った。直接的にではないが、真也は水輝に殺されたと言っても間違いではない。結局、立城と真也を引き離したのは水輝だ。

 

 だが今の真也からは恨みや憎しみの感情は流れてきてはいない。水輝は真也の後ろを追いながら目を細めた。淡々とした、つかみどころのない感情で満たされている。意識を研ぎ澄ましてみても水輝には真也の意図がつかめなかった。

 

 階段を降りきったところで真也が振り返る。いつか見た鋭い目が水輝の姿を捉える。水輝は黙って階段を降りた。真也が無言で水輝の煙草を指し示す。唇から煙草を引き剥がし、水輝は手の中でそれを潰した。微かな力を受けて煙草が散り散りになる。再び指を開いた水輝の手から煙草はなくなっていた。

 

「心配するな。別に取って食いやしねえ」

 

 口許を歪めて真也は校舎に入った。地下に続く扉を手慣れた調子で開ける。水輝は目を細めて気配を読んだ。地下で息づくそれの気配は日増しに大きくなっている。出来るだけ近づきたくないんだがな。水輝は内心でそう呟いた。

 

 地下に続く廊下はとても明るかった。水輝の背中でドアがゆっくりと閉じる。ふうん、と呟いて水輝は真也の後を追った。

 

「あっ、羅木くぅん。おかえりなさいっ」

 

 唐突に声が飛んで来る。水輝は咄嗟に身構えようとした。が、次いで肩にこもった力を抜く。廊下を駆けてきたのは一人の少女だった。嬉しそうに真也の腕に飛びついている。真也はそんな少女に微かに笑みかけ、何事かをそっと耳打ちした。

 

 あの真也がねえ。水輝は二人の様子を見ながら内心で呟いた。きっと少女はいま話しているのが絵美佳ではないとは気づいていないだろう。肉体だけは絵美佳なのだ。気付かなくても当然だ。

 

「頼むな。ちなり」

 

 ちなりと呼ばれた少女の頭を真也が軽く撫ぜる。するとちなりは嬉しそうに笑って頷いた。そのまま廊下の向こうへと駆けていく。水輝は無言でそれを見送った。壁に預けていた背中を引き剥がす。

 

 真也がまた歩き出す。水輝は仕方なくついて歩いた。気配は少しずつではあるが近くなっている。これ以上、接近するとまずいな。そう思ったところで真也が振り返った。

 

「まあ、入れ」

 

 ぶっきらぼうに言いながら真也がドアを開ける。水輝はちらりとドアの上を見た。研究室の一つなのだろう。番号が振られている。ドアの向こうを見るとそこは絵美佳が普段使っているのか、ベッドや家具が揃っていた。広々とした部屋の隅には大きな机が据えてある。へえ、と呟きながら水輝はその部屋に入った。




絵美佳なら良かったんですけどね……。
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