プロローグ
一際高い声が上がり、指先で触れている部分が小刻みに震える。腰を軽く引くとねっとりとした愛液に塗れたペニスが半分ほど外気に晒される。指先にそっと力をこめると簡単に赤い突起が露出する。青年は目を細めてその様子をしばらく観察した。
指先で細かな振動を与えると突起が更に硬さを増す。青年は触れさせている指先とその突起を比べてみた。その大きさは丁度、小指の爪くらいだ。淡い紅色のひだの隙間で指を巧みに動かすと、また声が上がった。青年は視線を動かして目の前にいる女を静かに見つめた。
その女は頬を染めてしきりに喘ぎ、乱れた髪を直す余裕もないほどに快楽に溺れていた。着ていた白衣は半ば脱げかけており、黒い台の上に裾が広がっている。その内側のブラウスのボタンは全て外れているし、薄いブルーのタイトスカートも腰まで捲れあがっている。だが女にはそんな乱れをまるで気にせずしきりに声を上げていた。剥き出しになった腰が青年の指の動きに合わせて揺れる。青年は指の動きを止めて女から目を上げた。指先を濡らす愛液を舌で舐める。女を焦らす意味も込めて青年は部屋の様子を改めて見つめた。
そこは静かな空間だった。広い部屋の中には幾つもの棚が設置され、家庭では使用されることもなさそうな器具が陳列されている。並んでいる黒い台は実験に用いられるものだ。使い込まれた端末が部屋の隅に据えられ、実験台の一つにはビーカーやシャーレが置き去りにされている。
そう、ここは一般家庭の部屋ではない。とある研究施設の一角にある実験室だ。青年は黙って部屋の様子を見やってから再び女に目を戻した。いつの間にか正気に戻っていたのだろう。女は声を止めて怪訝そうに青年を見つめている。
女が不服の声を漏らす前に青年は再度、女の腰をつかんだ。力強く腰を押し出す。すると女はあっけなく激しい声を上げた。それまでに散々に焦らされていた女は青年が腰を前後するたびに声を上げ、ついには荒く短い息を吐きながら全身を緊張させた。これで何度目の絶頂だろう。青年は変わらず腰を揺すりながら冷静にそのことを考えていた。
果てた女の膣壁が緊張して程よく締まる。大きく脈打つ膣壁を擦りながら出入りするペニスがにわかに硬さを増す。青年は目を細めて腰の動きを速くした。腰に溜まった熱いものをためらいなく放出する。ペニスの先から迸った精液が女の膣に満ちた。
心地のよい脱力感が全身を包む。青年はため息をついて身体の力を抜いた。先に果てた女はいつの間にか失神している。やれやれ、と呟きながら青年は女の腰をそっと台の上に戻した。女の顔には満足そうな表情が浮かんでいる。だがその身体にはまだ快楽が残っているのだろう。剥き出しになった乳首はまだしこっている。青年はそんな女の様子に苦笑しながら腰を引いた。音を立ててペニスが膣から抜けると、その後を追うように女の膣口から白い精液が流れてくる。愛液と混ざった精液は女の肌を伝って白衣の上に落ちた。
不意に耳障りな音が響く。青年は息をついて音のした方を振り返った。青年と同い年くらいの別の男が実験室のドアの横に立っている。男のこぶしがドアに触れているのを見て、青年は初めて男がドアを殴ったのだと気付いた。
「これで何度目かな? 水輝」
水輝と呼ばれた青年は大きくため息をついて身体を起こした。精液に塗れたペニスを傍にあったティシュで拭う。
「さあ? 数えてると思うのか、おれが」
水輝は男を嘲笑うように答えて乱れた服を直した。さっきまでの脱力感は今はもうない。一度や二度、女と寝たからと言って体力が尽きてしまうほどやわではない自覚もある。そもそも、水輝は人とは違う肉体や能力を備えている種なのだ。
視線を少しずらす。所在なげに佇んでいるその存在に気付き、水輝は小さく笑った。男の背後、ちょうど水輝からは死角になっていた場所に一人の年若い女性が立っている。水輝は台の上の女とその女性を比べた。着ているものには大差ない。白衣をまとっているところも同じだ。この研究施設に慣れていない者なら、ここにいる研究員たちをいちいち区別することは出来ないだろう。その程度には二人は似通った格好をしていた。
だが一つだけ決定的に違う部分がある。それは男の後ろに立つ女性はこの施設のどの女性と比べても際立った美しさを持っている、ということだ。そしてそれ故に他の誰を覚えていなくとも、彼女のことだけは記憶しているという者も多い。
吉良由梨佳。それが彼女の名前だ。由梨佳はこの研究施設の所有者の妻でもある。
「何だよ。今日は由梨佳さんまで引き連れて何の実験だ? お前も大概、暇人だなあ。立城」
顎をしゃくりながら水輝はそう告げた。立城と呼ばれた男が苦笑して首を傾げる。水輝は喉の奥で笑って台から離れた。置き去りにされた女を見返りもせず、ドアの方へと歩き出す。だがそんな水輝を二人は止めなかった。
「人体実験なんてあんまりやってると、そのうちどっかにばれるぜ」
立城の手前で足を止め、水輝は低い声で告げた。台の上の女は研究員の一人だ。そして恐らく、今日の素材に決定していたのだろう。だからこそ、休日の筈の研究施設に一人で来ていたのだ。もっとも、女自身はそのことには気付いていないだろう。そうでなければのこのこ一人で来るはずがない。
「僕がそんなへまをすると思うの?」
微笑む立城とは対照的にその後ろの由梨佳は緊張に身体を固くしている。その上、どうあっても水輝と目を合わせるつもりはないらしい。水輝は二人を交互に見つめ、肩を竦めてそれを返事代わりにした。
一歩だけ進む。水輝は今度は由梨佳の前に立った。豊かな胸を覆い隠すかのように両手でファイルを抱え込んでいる。水輝はまじまじと由梨佳を見つめた。初めて出会ってからどのくらいの時間が経っているだろう。少なくとも十年単位で時間は流れている筈だ。なのに二人にさほどの変化はない。そして立城もまた、当時のままの姿でここにいるのだ。
「別にあんたを無理に襲う気なんてないよ。知ってるとは思うけど」
「こちらこそ」
それまで黙っていた由梨佳は水輝にそう即答した。にっこりと笑ってすらいる。だがどうしても水輝を見る気はないようだった。由梨佳は伏目がちなまま告げると、すっと水輝と立城の間を抜けた。無言で実験室の奥へと歩いて行く。もう話はない、という意味だろう。水輝はふうん、と笑って由梨佳の背中を見送った。
魅力的だと思わない訳ではない。由梨佳の肢体は水輝も十二分に興味を覚えるほど整っている。だが二人は出会ったその時からとにかくうまが合わないのだ。最近では由梨佳は露骨に水輝を避ける傾向がある。だがその理由も水輝は知り尽くしていた。
「そんなに気に入らないか? 子供たちを引っ掻き回すのが」
背中に声を投げる。すると由梨佳は水輝の声に振り返った。珍しく水輝を睨みつける。久しぶりに由梨佳と目線が合ったことに少し驚き、水輝は短く口笛を吹いた。
「当然でしょう?」
怒りに満ちた眼差しに水輝はなるほど、と笑った。それが余計に由梨佳の怒りを煽ったのだろう。由梨佳が眉を吊り上げる。だがそれ以上、水輝と会話するつもりがないのか、またすぐに背を向けてしまった。
由梨佳が怒っている理由は明白だ。由梨佳の手がけた子供たちはここ数年、水輝によって随分と痛い目に合わされている。が、その事件に立城が加わっていることを由梨佳は知らないのだ。
ため息をついてちらりと視線を流す。横にいる立城は何も言わない。ただ黙って微笑んでいるだけだ。水輝は軽く肘で立城の肩を小突いてから実験室を後にした。
微妙な長さだったのですが、プロローグなのでこのままアップします。