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そのドレスはコスプレ少女にとてもよく似合っているのだ。
「ああっ、もう、どんくさいわねえ!」
コスプレ少女は困ったように周囲を見回している。廊下をまた曲がって姿を消す。要は口の中で呻きながら素早く追いかけた。困惑した面持ちのまま、野木もその後を追う。
特別教室の並ぶ校舎にたどり着いたコスプレ少女は途方に暮れた顔をしていた。その校舎の二階には理科系の特別教室がずらりと並んでいる。化学室、物理室、生物室……。そして各特別教室とセットになっているのが教職員の使用する準備室だ。コスプレ少女は化学室を眺めながら涙目になっている。要は我慢ならずに廊下の角から駆け出した。
「ちょっと、そこのあなた!」
要は腰に手を当てて憤然と告げた。コスプレ少女が驚いたように振り返る。次いで、コスプレ少女は顔を輝かせた。嬉しそうに微笑んで要の傍に駆け寄る。
「わたくしの学校に何の用ですのっ!」
「あの、すいません、三年四組はどちらでしょうか?」
同時に二人が口を開く。コスプレ少女は不思議そうに首を傾げ、要は眉を思い切りしかめた。要の背後で野木が困ったように二人を見比べる。
間近に見るとコスプレ少女が愛らしいことがよく判る。要は悔しさに唇を噛んで舐めるようにコスプレ少女を眺め回した。困惑したようにコスプレ少女が要にあの、と声をかける。だが要はそれを無視して野木を振り返った。野木は要の傍に跪き、いつでも命令を受けられる体勢を取っている。
要は無造作にコスプレ少女の手を取った。カフスにつけられたサファイアを指し示す。小さめに見積もっても三カラットはあるだろう。要に声をかけられた野木が顔を上げる。要は野木によく見えるよう、コスプレ少女の腕を強く引いた。よろけたコスプレ少女が小さな悲鳴を上げる。
「ごらんなさい。ただの使用人がこのような高価な宝石を身に付けているわけがないでしょう?」
「は、はあ……」
野木が曖昧に返答する。要は続いてコスプレ少女の襟首をひっ捕まえた。可愛らしい悲鳴を上げてコスプレ少女が要の腕の中に納まる。要は襟元でタイを留めているそれを指し示した。
「くっ。素晴らしい、サファイアですわ……」
要はコスプレ少女の胸元に光る青い宝石を食い入るように見つめた。これほどまでに美しい宝石を要はまだ手にしたことがない。母親の栄子であれば、もしかしたらサイズが小さいながらも似たような宝石は持っているかも知れない。が、要には到底、手の届かないものだ。要は悔しさに唇を噛み、しばし宝石の美しさに見とれていた。
「あなた。お名前をきかせていただいても、よろしくて?」
要はしばらく後にコスプレ少女から手を離してそう告げた。腕組みをして憤然と胸をそらす要とは対照的に、コスプレ少女はにっこりと微笑を浮かべて優雅に一礼した。その身のこなしに要はぴくり、と眉を上げた。どう見てもその動きは洗練されたものだ。
「あの、わたし……吉良瀬、奈月と申します」
奈月と名乗った少女を凝視し、要は廊下に響き渡る音量で喚いた。
「きらせ!?」
要は恐れるように奈月から一歩、退いた。野木が絶句して奈月を見つめる。奈月はだがにっこりと笑って首を傾げている。ことの重大さが全く判っていないらしい。要は歯軋りして再び奈月の前に一歩出た。
吉良瀬という名が示すのはただ一つ。吉良瀬財閥のトップであるその人物と何らかのかかわりを持っている、ということだ。
「あなたもまさか立城様の養女だとか言い出すのではありませんわよね?」
要は絞り出すような声でそう訊ねた。すると奈月がええと、と唇に手を当てる。赤く熟れた果実を思わせる唇が笑みを刻む。要はうっ、と思わず声を詰まらせた。奈月は嬉しそうに笑いながら要の手を取る。
「立城さんをご存知なんですか?」
さん。要は頭の中でそう呟いた。立城のことを親しげに話す様子といい、この少女は只者ではない。要は奈月の手をやんわりと解いて一つ、咳払いをした。野木はあまりのことに驚きすぎたのか、唖然と奈月を見つめたままだ。ちらりと野木を見やって要はもう一つ、咳払いをした。すると野木が慌てたように頭を垂れる。
「あなた、どのような用向きで、ここに?」
慎重に訊ねる。奈月はぱっと顔を輝かせて嬉しそうに微笑んだ。どうやら警戒心が殆どないらしい。要は半ば呆れた気分で奈月を見た。
「あの、三年四組の、池田水輝さんってご存知ですか?」
言われた瞬間、要はぎらりと奈月を睨んだ。吉良瀬財閥とかかわりのある少女だということもすっかり頭から吹き飛ぶ。何ですって、と低い声で発した要は更に一歩、奈月に迫った。その後ろで野木が慌てて立ち上がる。
「あなた、水輝様のなんなの!」
要は猛然と喚いた。奈月が少しの間、不思議そうに瞬きを繰り返す。だがすぐにその頬が赤く染まる。それが何よりの答えだ。要は歯軋りしながら野木を振り返った。野木は困ったような、だが照れたような顔をしている。奈月の微笑みを間近に見たためらしい。そのことに要は余計に腹を立てた。
「まさか、水輝様の婚約者だとか、そういうことはありませんわよね?」
野木の頭を景気よく叩いてから要は奈月に向き直った。冷ややかな笑みを浮かべる要を奈月が困ったように見つめる。だが恐れおののいている様子は欠片もない。単純に返答に詰まっているようだ。
「あの、わたしは水輝さんのものですけど、その……」
赤くなったままで奈月が告げる。要は目を吊り上げて奈月の声を遮った。
「なるほど、納得がいきましたわ!」
要はそう叫んで奈月から顔を背けた。自然と涙が浮かんでくる。間違いない。水輝が付き合っている女性というのが奈月なのだ。要はため息をついて目尻をそっと拭った。それから静かに告げる。
「……野木、この娘を案内してあげなさい。わたくしは……生徒会室に戻ります」
野木がどんな顔をしているのかは判らなかった。だが要はそのまま二人に背を向けた。
奈月の服は水輝が趣味で着せていますw