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電話を切ってため息をつく。よくもまあ、毎日飽きもせずかけてくる。優一郎は半ばうんざりしながら電話機を見つめた。
要さんはまだ落ち着いていらっしゃいませんので。今日も優一郎は無難にそう答えた。電話の相手は葵の雇用主である社長だ。優一郎はやれやれとため息をついて机に肘をついた。
確かに葵に恩はある。出来るだけ早く恩返ししなければならないとも思う。だが、写真のあの息子と先の封筒の配達人が同一人物である可能性が否定できない限り、そう簡単に会う訳にはいかない。その上、相手は要だ。要が多輝を見たらきっと全ての計画は倒れてしまうだろう。
机から身体を起こし、優一郎は静かに立ち上がった。この研究室には優一郎しかいない。あとは修理中の斎姫が横たわっているだけだ。優一郎は無言で並ぶ実験台の間を抜け、静かにその部屋を後にした。
毎日、決まった時間に電話はかかってくる。優一郎はため息をついてドアを閉めた。いっそ、居留守でも使おうかな。そんな考えまで浮かんでくる。だが優一郎は強く頭を振ってその考えを追い出した。
地下一階にある部屋を一つずつ覗く。幾つかの研究室の中に果穂のいる部屋がある。優一郎は静かにそのドアをノックした。ほどなく中から声が返ってくる。
「あら、めずらしいわね。どうしたの?」
ドアを開けて優一郎は微笑みながら部屋に入った。果穂がどことなく嬉しそうに顔をほころばせる。幾ら部屋を提供しているとは言っても、部員たちは一日をずっとこの地下で過ごす訳ではない。果穂は学校のある半日近くをたった一人で過ごすことが多いのだ。
「いえ。斎姫がお世話になったお礼がまだでしたので。ありがとうございました」
優一郎は軽く頭を下げてそう告げた。果穂がにっこりと笑っていいのよ、と応える。斎姫というヒューマノイドの貴重なデータを入手できたのだ。果穂にしてみればお互い様というところだろう。
「それより、せんじついらいされたぶんせきけっかがでたわ」
言いながら果穂は机の上に手を伸ばした。椅子に乗って器用にバランスを取っている。優一郎は頷いて果穂に歩み寄った。今は眠っているのだろう。部屋の隅でなめぞうが微かに触手を上下させている。
「いちおう、これにまとめてみたからもっていって。ああ、それとれいのけんはもうすこしまって。きむらそうけんのがーど、さらにかたくなっているから」
細く小さな指が一枚の光ディスクを挟んでいる。優一郎はケースに納まったそれを無言で受け取った。続いて果穂が机の引出しを開ける。出されたのはシャーレに入った空色の石だった。
「みためはあくあまりんにそっくりね。ほうせきといってもしんじるひとはおおいとおもうわ」
優一郎の受け取ったシャーレを覗きながら果穂が小さく笑う。優一郎も頷いてシャーレの中を見た。小さな石が一つ、脱脂綿の上に乗っている。
「ということは、やはり、ただの宝石ではないということですか?」
目を上げて優一郎はそう訊ねた。椅子に座り直した果穂が微かに苦笑する。椅子を少し回し、果穂は優一郎と正面から向き合った。細い足を組み合わせる。
「ほうせきではないわ。それはだんげんできるとおもうの。でも、ふめいなてんがおおすぎて、ぶんせきけっかもかなりあいまいよ」
そう告げて果穂は優一郎の持つ光ディスクをさした。つまり、その中にデータが入っているということだ。優一郎はなるほど、と呟いてディスクケースを引っくり返した。ケースの中に一枚の紙が入っている。果穂がよく利用する、パスワードが書いてある。どうやらそのパスワードを入れなければデータを開けないらしい。
優一郎は果穂に礼を言って部屋を出た。白衣のポケットにシャーレとディスクを入れる。廊下を歩いていると今度は保美とすれ違った。
「あら、吉良部長。これから地下二階ですか?」
にっこりと笑いながら保美が頭を下げる。優一郎は頷いて手を上げた。保美がまた一礼して静かに廊下を歩いて行く。その背中を見つめ、優一郎は小さく笑った。きっと今から保美はカレンのところに行くのだろう。カレンは先ほど、地上に出たばかりだ。
廊下の突き当たりに辿り着く。優一郎はカードをスロットに入れて規定の場所に立った。網膜パターン照合が行われ、軽い電子音が鳴る。ほどなく頑丈な扉が開く。優一郎は扉をくぐって地下二階へのエレベーターを目指した。
エレベーターを動かすのもやはりあらかじめ登録された者でなければならない。優一郎はいつもの手順でエレベーターを作動させた。ほどなく扉が開く。
地下二階は静まり返っている。優一郎は無言で廊下を進んだ。私室である研究室の扉を開く。中に入った優一郎は並んだ実験台を眺め、薄く笑った。台に乗せられた機体は全部で四体。一体は修理中の斎姫、二体目は栄子、三体目が要の試作機だ。そして優一郎は次の四体目に目を移した。要によく似合うよう、作り直している最中の機体が横たわっている。
それらを横目に優一郎は歩き出した。台の間を抜けて部屋の奥に移動する。最奥には一基のカプセルが設えられている。丸い透明なカプセルの中で身体を丸めている機体を眺めつつ、優一郎はそっと手を伸ばした。カプセルの表面を優しく撫でてみる。背中を丸めた機体は眠るように目を閉じている。
ふと優一郎はカプセルを撫でていた手を止めた。昨日までは何ともなかった筈なのに、機体が微かに動いている。優一郎は目を凝らしてカプセル内の様子を伺った。起動していない筈の機体が呼吸をしている。
「とうとう、ここまで……」
うっとりとした目で機体を見つめ、優一郎はそう呟いた。カプセル内に満たされた特殊な液体の中を短い髪が揺らいでいる。優一郎は両手をカプセルに張り付け、じっと中を覗きこんだ。
引き締まった身体つきに小さ目の乳房。腰は細く、だが決して頼りない印象はない。優一郎が作った機体は徐々にその姿を変えている。口許に深い笑みを刻み、優一郎はカプセルの中に浮かぶ機体を見つめた。膝を抱えて丸くなっていた機体が微かに身じろぎをする。
「目覚めの時は、思ったよりも近いかもしれないな」
風の主が手をつけた機体は静かに目覚めの時を待っている。優一郎は満足をこめて笑い、腰を屈めた。機体の下半身を舐めるように見つめる。機体の秘部は丸見えになっている。腿に隠れている翳りはあくまでも薄い。
この機体もヒューマノイドのそれである以上、きっと誰かに管理されていくのだろう。そして淫らな快楽に溺れる日々を送るようになる。その時、機体にこめられた魂はどうするのだろうか。優一郎は唇を歪めて目を細めた。自然と心臓の鼓動が速くなる。
その事実を知った時、彼女はどうするだろう。優一郎は内心でそう呟きながらしばらく機体を見つめていた。
機械が書けていない!(自省