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見知らぬ街で奈月は途方に暮れていた。水輝の行きそうなところ、という貴重な情報を元に探索を続けていたのだが、それらしい手がかりはまるで見つからない。付き合ってくれている野木も奈月と同様に途方に暮れている。
清陵高校にお使いに出かけた奈月は結局、未だに水輝に会えていない。水輝のクラスを覗いてみたが、その姿はなかった。クラスメイトの話では昼からいなくなっているらしい。奈月はそれを聞いて反射的に力を使って水輝を探しかけた。が、寸前のところで思い止まる。立城が何度か繰り返して念を押したからだ。
校内では決して力は使わないでください。奈月はきっちりその言いつけを守り、クラスメイトたちの力を借りて何とか水輝を探そうと試みた。が、協力を得たにも関わらず水輝は見つけられなかった。
結果、いまに至る。奈月はため息をついて街を行く人々の流れを見つめた。見知らぬ街だからだろうか。街そのものが嫌に広く感じられる。外に出たら力を使ってもいいのではないかと思い、奈月は何度か力を飛ばして水輝を探そうとした。だが今まで悉く空振りしている。道端に座り込む奈月を人々が珍しそうに見ては過ぎる。奈月は何度目かのため息をついた。
「大丈夫ですか? あの、これをどうぞ」
言いながら野木が缶入りのコーヒーを差し出す。奈月は軽く会釈をしてそれを受け取った。じんと手のひらに温もりが伝わってくる。
「ありがとうございます」
にっこりと微笑んで奈月はありがたくプルトップを引いた。野木が遠慮がちに奈月の隣に腰を下ろす。縁石に座る二人を人々が眺めては過ぎる。だが奈月は自分の格好が人目をひいているのだとは気づかなかった。ハンカチを出して缶コーヒーを包む。直に握って火傷でもしたら大変だ。奈月は久しぶりに飲むコーヒーの味にふわりと微笑を浮かべた。こうして缶入りのコーヒーを飲むのはとても久しぶりだ。
「先ほどの店にはいらっしゃいませんでしたね。有力な情報ということだったのですが」
面目ない、と野木が頭を下げる。野木は要に命じられた時からずっと奈月の世話を焼いてきた。さすがの奈月も学校外を探す段になった時、遠慮して野木に声をかけた。が、断固として野木は奈月についてくる。奈月は慌てて首を振ってみせた。
「そんな、野木さんは手伝ってくださったのに、謝られたらわたしの立場がありません」
言いながら奈月はありがとうございます、と頭を下げた。すると今度は野木が慌てて手を振る。そんな勿体無い。そう告げる野木に奈月は首を傾げてみせた。何が勿体無いのか今ひとつ理解できない。が、問い返すのも野暮かも知れない。奈月は困惑しつつも黙っていた。
先ほど、奈月が野木と共に向かったのはコスプレパブという場所だった。その名はもちろん、商売の内容などのことを奈月はさっぱり理解していなかった。なのにどうして店員たちはあんなにも機嫌が良かったのだろう。奈月は首を傾げて考えを巡らせた。どうも、野木に始終庇われていた気がする。
「一度、家に帰ります。水輝さんも戻ってるかもしれないし」
にっこりと笑って言いつつ奈月は腰を上げた。野木が慌てて立ち上がる。
「お役に立てなくて申し訳ありません。それではご自宅までお送りさせて頂きます」
どこまでも生真面目に野木が告げる。頭を丁寧に下げられ、奈月は心底うろたえた。とにかく野木が家に帰れないのは申し訳ない。かと言ってここで遠慮してしまうのも気がひける。
「はい、ありがとうございます」
奈月はにっこりと笑ってそう答えた。
それから野木に連れられて奈月は大きな通りに出た。どうやらここで野木はタクシーを拾うつもりらしい。奈月は慌てて野木を止めようとした。タクシーなど、今まで数えるほどしか乗ったことがない。そんな、お金がかかるのに。奈月は内心で呟いて野木の腕をひいた。すると野木が困ったように笑う。
「生憎、この辺りから奈月様のご自宅まではかなりの距離があります。お代の方はこちらで持たせて頂きますのでご安心を」
そう言われて奈月は思わず呻いた。確かに今、自分は金を殆ど持ち合わせていない。学校までのバス代と帰りのそれを持っていればいいと踏んでいたのだ。奈月は困惑顔で野木を見つめた。その面持ちが他人に対してどう作用するのかを奈月は全く理解していなかった。正面からまともに奈月を見た野木が顔を赤くしてそっぽを向く。
「あの、お金についてはしっかりしないといけません。請求書をいただけましたら、後からお返しします」
真面目な顔で奈月はそう告げた。だが野木も簡単に譲るつもりはないらしい。首を横に振って駄目です、と告げる。
「女性に払わせたとなれば後で要様に叱られてしまいます。しかもその女性が奈月様とあっては、わたくしは半殺しにされかねません」
どこまでも真顔で野木が告げる。さすがに奈月は野木の迫力に押されて黙ってしまった。とにかく今は遠慮をするのは得策ではないらしい。奈月はそのことを悟って仕方なく頷いた。
「わかりました。お言葉に甘えます」
今度、お礼がてらお菓子でも持って生徒会室を訪ねよう。そう心に決めて奈月はにっこりと笑った。野木が困ったように頭をかく。そこで初めて奈月は気付いた。どうやらずっと気になっていた野木の態度は照れからくるものらしい。どうしてだろう、と思いながら奈月は首を傾げた。
タクシーを拾って屋敷へ急ぐ。奈月はタクシーの後部座席で大人しく座っていた。窓から流れる景色をぼんやりと見つめる。野木もそんな奈月に特には話し掛けなかった。
景色が過ぎていく。奈月はふと目を見張って窓に手をあてがった。素早く行過ぎる景色の中に見知った姿があった気がする。奈月は驚いて後ろを振り向いた。頼りない足取りで歩いていたのは立城ではないだろうか。奈月は困惑しつつも声は上げなかった。ともかく今は野木が早く帰れるようにしなければ。そう思いながらシートに沈みこむ。
「どうかしましたか?」
律儀に野木が訊ねてくる。奈月は微かに笑って首を横に振った。
「なんでもありません。ちょっと知っている方に似ている人がいらしたので」
他人の空似ととても言えないだろうことは判っていた。他の誰かならともかく、水輝や立城を見間違える筈がない。何故なら彼らは一様に常人の目には映らない淡い光を放っているからだ。奈月はだが、不安を隠して野木に笑いかけた。野木がそうですか、と押し黙る。
車の波から抜け出したタクシーが狭い路地に入っていく。そしてタクシーは立城の屋敷の前で停まった。奈月は一人、タクシーから降りてありがとうございました、と頭を下げた。窓を開けて野木が会釈をする。
「本日は誠に申し訳ありませんでした。それでは、おやすみなさいませ」
そう言い残して野木はその場を去った。奈月は小さくなるタクシーをしばらく見送り、屋敷の門の前に立った。周囲を注意深く伺う。誰もいないことを確認してから奈月は屋敷の敷地内へと転移した。