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「あっれー? 何でまた、んなとこに」
そう呟いてしまってから順は慌てて口を手で覆った。ビルの陰に隠れるようにして通りを見やる。スーツを身につけた立城がふらふらと頼りない足取りで歩いているのが見える。順は頭をかいて低く呻いた。立城がこちらに気付いた様子はない。
ここまで腑抜けになるとは思ってなかったんだがな。順は内心で呟いて出来る限り心の防壁を強化した。だがそんなことをしなくても、今の立城は順の気配を察知することは出来ないだろう。虚ろな眼差しが求めるのは真也の姿だけだ。順は小さく笑ってから陰から人工の光の中へと姿を現した。
病院には都子を身代わりに置いてきた。だが都子は長時間の身代わりは出来ない。元々、都子は不器用なのだ。だから久しぶりの外の空気を吸うだけ吸ったら戻ろうと思っていた。順はやれやれ、とため息をついてのろのろと立城を追い始めた。行く先はどうせ決まっている。煙草を咥えて歩きながら順は人の波を器用に避けた。
真也の魂が絵美佳の器に入れられていることを順に教えたのは翠だった。一つの器に無理に二つの魂を宿したのには理由があるのだとも聞いた。生まれたばかりの時、絵美佳の魂はとても脆弱だった。それ故に到底、生きていられないだろうと翠は判断したという。それならば、と翠は手中に握っていた真也の魂を地上に戻すことにしたのだ。
どうせ長くは生きられないだろうがね。翠は順に真也のことを告げた後、そう言って笑った。微かな笑みはあくまでも冷ややかで、それ故に翠が真也のことを思っているとは到底感じられなかった。いや、実際に翠は真也のことを慮っていた訳ではないのだろう。
たとえ地上に共にあったとしても、決して交わることが出来ぬよう、その魂に枷をつけた。断罪の主、火藍がかつて順にそう告げたことがある。立城と真也は世界の意志により、互いを求めながらも決して手に入れられないという状態になってしまったのだ。
夢遊病者のような足取りで歩く立城から濃い思惟が漂っている。恐らくは無意識で流しているそれを順はこっそりと盗み読んだ。どうやら今の立城の頭を占めているのは真也だけのようだ。まあ、そうだろうね。順は小さく笑って目を細めた。
断罪の矛は今なおその枷を二人に嵌めたままだ。順は薄く笑ってこちらに向かって歩いてくる人間をひらりと避けた。唐突に障害物が消えたことに驚いたのだろう。数人のサラリーマンが足を止めて振り返る。だが順はそれに構わず立城を追い続けた。
ホントは判ってるんだろうにねえ。順は内心でそう呟いて立城の後姿を見つめた。二人は数メートルほどしか離れていない。なのに立城は順の気配に全く気付く様子がない。それどころか歩く人々に足を取られ、時折よろけては立ち止まる。
断罪の主、と呼ばれる火藍はこれまでにも数えるほどしかその力を発揮したことはない。あの紫翠討伐の折にもその力は封印していたという。何故か。火藍に一度、順はその理由について訊ねたことがある。が、火藍は答えなかった。答えられなかったのか、それとも答えたくなかったのかは判らない。順は唇に挟んだ煙草を揺らしてビルの壁に寄りかかった。立城が肩で息をしながら少し離れたところに寄りかかっている。
真也が死んだあの時、火藍は冥界の狭間へ降りた。そこで真也の魂に矛を揮ったのだ。その事実を知る者は意外に少ない。龍神と言えど、空間の狭間で起こったことまで把握は出来なかったのだろう。八大の中にもその事実を知らない者がいる。順は指で煙草をつまんで唇から剥がした。乾いた唇に張り付いたフィルターの欠片を指ではがす。
順がその事実を知ったのは翠から教わったからだった。翠が一体、何を考えて様々な情報を提供したのかは判らない。だがどんな方法にせよ、手に入れた情報を使わない手はない。結局、それが罠だったとしても、だ。
どのみちオレたちは先が長くないからねえ。目を細めて順は煙を細長く吐き出した。よいしょ、と小さく声をかけて壁から離れる。立城は再びよろけながら街の中に歩み出したところだった。
翠が何を思って真也を地上に戻したのかはわからない。が、この機会を逃す気はなかった。幸い、真也は順の存在には気付いていなかった。それも当然だろう。一度、真也が地上から消えた後に順は生まれたのだ。しかも真也相手であれば水輝はもしかしたら躊躇するかも知れない。その打算もあった。
基本的に水輝は一度奪った命に対して後悔など抱かない。男の性をまとった今ならその傾向は更に顕著になる。ためらいなく屠ることが出来るからこそ、水輝は最強と言われてきたのだ。だがそんな水輝も間に立城が関わるだけでいとも簡単にためらってしまう。真也を真っ先に始末できなかったのがそのいい証拠だ。
もっとも、それも水輝が男の性をもって戻ってこなければ出来なかった。が、こちらの条件も順の予想通りに立城があっさりとクリアしてしまった。
「まあ、美味しすぎる展開だから罠だって思うんだけどさ」
そう呟いて順は短くなった煙草を地面に吐き捨てた。雑踏に紛れて煙草が潰れていく。順は微かに笑ってそれを眺めてから立城をまた追い始めた。
水輝が男に戻り、真也が表面化する。火藍の魂は機体の中で息づき、立城は真也を求めて彷徨っている最中だ。着々と進む自分の計画を思い返しながら、順は新しい煙草を咥えてポケットに手を入れた。
不意に立城がよろけて壁にぶち当たる。さすがに順は呆気に取られて足を止めた。慌てたように通行人の何人かが立城に声をかける。立城は力なく手を上げてからまた歩き出した。
「ほんっきで腑抜けになってる……ってことか」
誰にも聞こえないくらいの小声で順は呟いた。立城は頼りない足取りで進んでいく。そこいらの小学生の方がよほど早く歩くだろう。のろのろと進む立城を順はゆっくりと追った。
空には丸い月がかかっている。
説明乙な感じのとこです。