この章はこのエピで終了です。
「修理しますから、大丈夫です。安心してください」
言いながら優一郎は笑顔を作った。少しでも多輝を安心させようと思ったのだ。すると多輝はほっとしたように目を閉じて微かに頷いた。優一郎の胸に頭を預け、それきり沈黙してしまう。もしかしたら最後の力を振り絞っていたのかも知れない。優一郎は顔から笑みを消して多輝を抱えて立ち上がった。とにかくこの場所では修理することも難しい。立城のことだ。由梨佳や多輝を修理するための部屋くらいは作っているだろう。優一郎は多輝を抱えたまま歩き出した。
立城の屋敷には階段が三箇所ある。とにかくどこかの階段を昇ろう。そう思いながら優一郎は壊れた階段を横目に見つつ、屋敷の奥へと向かった。屋敷の内部構造は詳しくは判らない。が、立城の執務室ならば見取り図くらいはあるかも知れない。緊急事態なのだ。少々は勝手に探しても文句は言われないだろう。優一郎はそう思いながら破壊され尽くした玄関を過ぎた。
屋敷の内部は玄関と同様に破壊し尽くされていた。キッチン、リビング、応接室……。並ぶ部屋のどれも被害を受けている。それらを見て優一郎はふと妙なことに気がついた。どの部屋も入り口を中心に破壊されたようだ。しかも隣り合った部屋が同時に破壊された形跡はない。
何かを探していたのか? 屋敷内部を荒らした誰かについて考えながら優一郎は屋敷の奥に向かった。廊下もあちこちの壁に穴が空いている。屋敷全体が崩れるような壊し方でないとは言え、被害はかなり大きい。優一郎は多輝を腕にしっかりと抱え直して先を急いだ。
瓦礫を踏み越えて階段に辿り着く。どうやらこの階段は無事のようだ。優一郎はほっとしながら慎重に階段を昇った。一見、何事もないようだが、他の破壊された部分の影響でいつ崩れるか判らない。点々と灯る明かりの下を優一郎はゆっくりと進んだ。
二階に辿り着く。優一郎は注意深く辺りを伺いながら先に進んだ。が、一階に比べて二階は嫌に被害が少ない。入り口が壊れていない部屋は内部の破損もない。優一郎は並んでいるドアを見ながらゆっくりと歩いた。
角を曲がって立城の執務室に近づくと周辺の有様が一変した。玄関と同様に壊れた部屋が続く。優一郎は瓦礫を何とか避けながら執務室に急いだ。確か立城は端末を持っていた筈だ。その中にならこの屋敷のデータがあるかも知れない。
執務室のドアは不思議と壊れていない。優一郎は怪訝に思いながらドアを開けた。部屋の内部を見て硬直する。壁に大きな穴が穿たれている。それ以外の被害らしいものはないが、逆にだからこそ奇妙な気がする。優一郎はそっと声をかけて多輝をソファに横たえた。机の脇を回って壁際に寄る。
床に散乱した服と染みが示す意味を優一郎はすぐに理解した。目を細めてポケットからチェッカーを取り出す。だが残存するエネルギー量が余りにも多く、正確に計測できない。針は振り切ったままだし、残留力のタイプも判別できないようだ。優一郎は小さく舌打ちをしてチェッカーをポケットにしまいこんだ。
複数の力が残っているのは間違いない。優一郎はそう判断を下して端末に向かった。そこで気付く。端末の電源が入っているのだ。スクリーンセイバーが消えるとメール送信画面が真っ先に見える。どうやらメールを優一郎に送ったのはこの端末らしい。優一郎はしばし、画面を見つめたまま考えを巡らせた。あらかじめメールを送るように設定されていたのか。そう呟いてキーボードに手を伸ばす。
検索をかけて屋敷内部の構造図をチェックする。幸い、それはすぐに見ることが出来た。どうやら地下に実験室を兼ねた修理室があるようだ。優一郎は頭に構造図を叩き込んでからディスプレイの電源を落とそうとした。
不意に水の音がする。静かな水面に一滴の水を落としたような音に優一郎は慌てて顔を上げた。暗がりの中に淡い光が生まれる。
「あっ、あなたは!?」
瞬く間に光が形となり、執務室の中央に奈月が現れた。動揺した優一郎の声に奈月が驚いたように声を上げる。
「あの、どうして、こちらに? あれ?」
言いながら奈月が困惑した面持ちで周囲を見回す。壁の穴に視線がたどり着いた時、奈月の顔色は一気に真っ青になった。短い悲鳴を上げて壊れた壁に駆け寄る。
「いったい、何が? 水輝さん? どうして?」
泣きそうな顔で奈月がその場にへたり込む。優一郎はディスプレイの電源を落として奈月を振り返った。哀しげに壁を見つめる奈月に声をかける。奈月は涙に濡れた目をして肩越しに振り向いた。
聞くところによると奈月は今まで外出していたらしい。使いに赴いていたというのだ。行き先は清陵高校。それを聞いた優一郎はぴくりと眉を上げた。どうやら自分が学校にいた間、奈月も同じくその場にいたようだ。が、結局は水輝を捕まえられなかったという。それも当然だ。水輝は奈月が出かけている間に屋敷にいたのだから。
屋敷をここまで壊してしまったのは水輝だ。奈月の言葉の中から優一郎はそう理解した。確かに立城が防げないほどの力を炸裂させられる者となると限られる。水輝ならそれも可能だと思ったのだ。
事後処理が怖い……w