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夢中で駆けていた要は校門をくぐったところでようやく我に返った。慌てて振り返る。だがそこにカレンや保美の姿がある筈もない。要は苦しい息をつきながら何とか平静の状態に戻ろうとした。が、あそこで見た光景がどうしても脳裏に焼き付いて離れない。
保美の四肢は無残にばらされていた。胴体にも穴が空いていた。なのに保美は喋っていた。きっとヒューマノイドだからだろう。人なら重傷どころか死に至っている筈だ。その異質な光景を思い出して要は軽く身震いした。気持ち悪いとは思わない。だが保美の姿はとても痛々しかった。
なのに自分が逃げなければならなかったことが悔しい。たとえあの場に残ったとしても足手まといになっていたことははっきりしている。それでも要はあの二人を置き去りにしてしまったことを激しく悔いていた。保美はあれではきっと反撃など出来ない。それどころか下手をすればあれ以上に壊される。
でも、と要は目を上げた。きっとカレンなら大丈夫だろう。何しろカレンは易々と要の攻撃を避けてみせた。しかもあの機体の硬さは半端ではない。幾らあの乱暴な侵入者でもきっとカレンを倒すことは出来ない。要はそう考えを巡らせて頷いた。そう自分を納得させなければ先に進めない。きっと大丈夫ですわ、と要は小さく呟いて顔を上げた。
とにかく電話をしなければ。要は制服を探って携帯電話を取り出した。無事に勝ったとしても、保美には修理が必要だ。そしてそれを出来るのは優一郎だけだ。要はメモリーに入っている優一郎の番号を慌ただしく表示させた。通話ボタンを押して電話を耳にあてがう。そうしながら要はゆっくりと歩き出した。
コール音が耳の中に響く。五回ほど鳴らしたところで相手が出る。要は咳き込むようにして優一郎の名を呼んだ。
が、相手のはずの優一郎は無言のままだ。苛々しながら要は声を張った。
「ちょっと、吉良君!? 聞こえていますの!?」
要は無意味に胸を張りつつそう喚いた。するとやっと気付いたかのように、電話の向こうでああ、と声がする。どこで油を売っているのかは知らないが、こちらは非常事態なのだ。要は苛立ちも含めて怒りの声を優一郎に叩きつけた。
微かに優一郎が笑ったような気がする。事態の説明をしていた要は中途で口をつぐんだ。保美に頼まれたからこそ説明をしていたのだ。なのに笑うなんてどういう了見だ。要は大きく息を吸って電話を耳から離した。口許に送信口を寄せる。
「いいから、とっとと戻りなさい! 緊急事態ですわ!!」
要は怒りに任せてそう叫んだ。それからおもむろに耳に電話機をあてがう。電話の向こうで優一郎が微かに呻いているのを聞き取り、少しは要の気も晴れた。
『わかりました。そちらに向かいます』
穏やかな声で優一郎が告げる。要はふん、と鼻を鳴らして当然ですわ、と告げた。だが優一郎は要の声に特には反応しない。先ほどと同じ口調で要に家に帰れと言う。それを聞いた要は目を吊り上げた。
「それは、わたくしに対する侮辱ですの!?」
確かに先ほどの戦闘では戦力にならなかっただろう。だが、壊れた保美の修理の手伝いくらいなら出来る。それに最終的に事態がどう落ち着くのか見たいというのが要の本音だった。何も知らないままでいたのなら問題ない。が、現に壊れたのは一度は関わってしまった保美なのだ。ここで知らん顔をするのはプライドが許さない。
だが憤慨する要の文句をひとしきり聞いても優一郎は意見を翻さなかった。とにかく帰れの一点張りだ。
「わたくしが役立たずだとでも!?」
『正直に言いましょう。足手まといです。あなたを保護する余裕が無くなる可能性があります』
すかさず優一郎が切り返す。要は唖然として言葉を失った。優一郎は決して激している訳ではない。あくまでも穏やかに喋っている。が、その内容がいつもより厳しく思えるのはどうしてだろう。そう考えて要は唐突に気付いた。厳しく思えるのは言われていることが真実だからだ。要は自然と俯いて唇を噛んだ。悪い予想はもしかしたら当たっているのかも知れない。そんな考えまで浮かんでくる。
もし、カレンまでもが壊れていたとしたら。そうしたら確かに自分は足手まといにしかならない。カレンが戦って勝てるという保証は今現在のところはない。かといって要にはその勝敗の行方を確認する術もないのだ。
「了解、したわ。ただし、後で、事の顛末をきっちり説明していただくわよ?」
悔しさを堪えて要はそう吐き出した。ついでに通話を切断する。何か言いかけていた優一郎の声が中途で消える。
要は唇を噛んで俯きかけていた顔を上げた。暗い路上を点々と灯る街灯が照らしている。明るい時は生徒の姿で賑わっている小道も今はしんと静まり返っている。車道を避け、要はその小道に入った。所々にある椅子を横目に坂道を下りる。
ふと、要は足を止めた。小道を上がってくる人影がある。要は注意深く目を凝らした。淡い緑色のスーツに身を包んだ青年がぼんやりとした面持ちで歩いている。立ち止まっている要に気付く様子もない。今時分、こんなところで何をしているのだろう。気にはなったが何故か声をかける気にならない。要は怪訝に思いながら何気なく青年の横を過ぎた。
急に冷たい風が吹き付けてくる。要は思わず目を閉じて息を殺した。乱れた髪を押さえて風に背を向ける。
吹いて来た時と同様に風は急に止んだ。何だったの、いったい。そう呟きながら要は乱れた髪を指ですいた。とにかく言われた通りに家に帰ろう。待っていればきっと優一郎は連絡をしてくるだろう。事の次第を聞くのはそれからだ。
何気なく振り返る。だが小道にはもう誰の姿もない。要は静かにため息をついて家路を急いだ。
要は強い方なのですが、相手が悪いですね(泣)