エロシーンはありません。
背筋が冷たくなるほどの悦びがこみ上げる。順は薄い嗤いを浮かべて暗い丘の上を見上げた。緋色の光が学校の敷地全体を包んでいる。その光は目的のものが目覚めた証だ。しばし立城を追うことも忘れ、順は光に見入っていた。
以前のようなためらいはその光にはない。真っ直ぐに標的を射抜く力が見て取れる。目覚めた最初に見つけるものを、火藍は容赦なく断罪するだろう。幸運にも獲物は近くにいる。順は声を殺して笑いながら再び歩き出した。
立城の足取りはかなり遅い。しかも坂道だからなのか、人ごみの中を歩いていた時よりも随分と進み方がゆっくりになっている。順はのんびりと煙草をくゆらせながら立城を追った。だが幾ら通常の状態ではないとは言え、相手は立城だ。用心するに越したことはない。順は辛うじて立城の姿が見える程度に離れて歩いていた。
断罪の主が目覚めたなら、いずれ天空の煌きが覚醒する。そうなった時、天と地が対していれば言うことはない。いや、元より天と地は離れているが故に近いのだと言っていた。順は思いを巡らせてひっそりと笑った。
天と地の混ざるところ。翠がかつて順に告げた言葉だ。闇に紛れたその時に天と地は果てで混ざる。その言葉の意味を順はずっと考え続けていた。翠はあの時、ハンデは少ない方がいいだろう、とも告げた。つまり、翠の言葉は順がハンディキャップを負うような事態が発生するということを示していると考えられる。
要するにオレはどれだけ逃げても戦いに巻き込まれるって訳ね。順は改めてそう呟いた。天と地が混ざる。その言葉が示す意味も本当は一つきりしかない。龍神の多くが望み、だがそれは決してあり得ないと信じていることだ。
紫翠の再来。順はそう呟いて息をついた。世界に分かたれた力が再び一つになる時、間違いなくその力の所有者は紫翠と名乗る。紫翠という名は単に個体を示すものではない。名前そのものが力なのだ。
そうなるのだとしたら、世界は間違いなく鳴動する。龍神たちもただでは済まないだろうが、それはハンターである順にも同じ事が言える。しかも翠はわざわざそのことを順に報せに降りてきたのだ。他の龍神ならいざ知らず、あの翠が無駄にそんな真似をするとはどうしても思えない。
阻止して欲しいのか、それとも事態を面白がっているのか。多分、後者だな。そう呟いて順は苦笑した。たった一人のハンターに情報を与えたところで事態が到底解決できる筈はない。順は自分の使える力について冷静にそう判断を下していた。
だが周囲を巻き込めば面白くは出来る。その役を翠が望むのなら引き受けるのも悪くない。順は小さく笑いながら天を見上げた。
「都子を戻してくれた恩もあるしねぇ」
かつて人形と化した都子の精神は人の夢の狭間に飲み込まれてしまった。だが、だからこそ都子の器はあれだけの力を発揮できたのだ。結局、都子を失ってしまったが、そのことを順は後悔したことはない。耐えがたい喪失感を埋めるために器を狂ったように抱いたが、そのことも悔いてはいない。人としての性質を失っていなかった二人の間に子供が出来たとしても、だ。
歪んだ情事の果てに生まれた子供には不思議なことに風の力が宿っていた。元々、順と都子は風龍神の肉体から生み出されたコピーだ。それ故に龍神の血を色濃く引く都子が子供を為すことがあるなど、順は考えたことはなかったのだ。
器のみとなってしまった都子に子供を育てることは出来ない。いや、それ以前に都子は子供を産み落とすことすら出来なくなっていた。だが異質感だけはあったのだろう。命が胎に宿ってからというもの、都子の器は何度も自分の腹を殴りつけた。それで順も初めて都子の異変に気付いたのだ。
都子の胎から宿ったばかりの子供は順の部下の手で取り出された。その後、研究所に預けられた子供を順はたびたび見にいった。が、順にはどうしてもそれが自分の分身だとは思えなかった。何故なら子供は人の形を為してはいなかったのだ。
異形の子供は少しずつ成長していく。ケースの中に閉じ込められているのに、その子供は周辺の人々の生気を次々に吸っていった。部下たちが倒れていくのを間近に見た時、初めて順は気付いたのだ。龍神に為りきれなかった自分から分かれた子供は、やはり人にも龍神にもなれない。出来そこないの子供はやっぱり出来そこないだね。倒れる部下たちを眺めながら順は感慨を込めてそう呟いた。
形すら人でない子供の体内には小さな輝きがあった。順はケース越しにそれを見つめ、嗤った。人でもない。龍神でもない。形は化け物と呼ぶに相応しい。だが、その子供は生まれながらにして龍宝珠の欠片を持っていたのだ。
変態は仕様。