※この作品はR-18です。

魂の座 一部 凍えた魂   作:伊駒辰葉

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今度は火藍と水輝が会います。
エロシーンはありません。


魂は覚えている

 風が冷たい。火藍は目を細めて吹き付けてくる風を手で遮った。火藍の背後では壊れたドアが軋みを上げて揺れている。

 

 青い光は次第に濃くなっている。火藍は無言で光の源を目指して歩き出した。だが数歩ほど歩いたところで、光源の方が今度は動き出してしまう。火藍は顔をしかめて足を止めた。

 

 校舎の屋上に光が瞬いている。火藍は舌打ちをして地面を蹴った。高く飛び上がった火藍は一気に校舎の屋上に舞い降りた。光の主が腕組みをして待ち構えている。火藍は黙って青い光の中心に近づいた。

 

「……これはまた……随分と可愛い器になったな」

 

 言いながら青年が嗤う。火藍は息をついて手に握っていた宝珠を目の前に翳した。一瞬で緋色の光が火藍を包み込む。現れたそれを火藍は両手にしっかりと握り締めた。

 

「いかような理由で人を屠っているのか、まずそれをお聞かせ願おう」

 

 矛先を青年に突きつけながら火藍は淡々と告げた。青年が小さく嗤って指で矛先を払い退ける。その瞬間、音と共に青年の指が灼ける。火藍は眉間に皺を寄せて青年を睨みつけた。

 

「相変わらずくそ真面目なことで」

 

 灼けた指先を舐め、青年は笑い声を上げた。だが火藍は青年を睨んだまま微動もしなかった。断罪の印はまだ現れてはいないが、青年からは人の香りが漂っている。それは人に手をかけた証だ。じきに印は現れるだろうが、いま断罪して早すぎるという訳ではない。龍主なき今、断罪の責を負わされているのは自分なのだ。少なくとも火藍にはその自負があった。

 

 違う、と青年の唇が音のない言葉を刻む。それを読み取った火藍はぴくりと眉を上げた。

 

「龍主には断罪の許しはない。印を刻むのはもっと別の誰かだ」

 

 勝手に思惟を読まれた腹立たしさを火藍が感じる間もなく、青年は言葉を続けた。なぜその語り方が天の龍神に似ていると思うのだろう。火藍はぼんやりと青年を見つめ、自然と矛先を下ろしていた。

 

「そう、おれもお前も、みんな誰かの罠にきっちり嵌ってるんだ。そうと知らないうちからな」

 

 断罪の主と呼ばれているが、火藍はその判断を自分では下さない。断罪の印が宿ったものにその矛先を向けるに過ぎないのだ。火藍は無言で青年を見つめていた。かつて誰かも同じようなことを言っていたような気がする。

 

 断罪者は天のみ。世界がその印を刻まなければ、お前とて誰も裁けまい?

 

 脳裏に蘇った言葉に火藍は目を見開いた。力なく腕が下がり、矛先が屋上のコンクリートを穿つ。

 

「そういう訳でお前に理由を教える気はさらさらない。教えたところで今更許されるとも思ってないしな」

 

 しかもお前ときたらここに至るまで気付きやしなかったんだからな。青年がそう付け足したのを火藍は愕然とした思いで受け止めた。だが衝撃を受けたからといって簡単に過去の記憶が戻るという訳ではないようだ。火藍は言いようのない苛立ちを感じ、頭を押さえた。

 

 垂らした右腕を持ち上げる。火藍はためらいながらも再び矛先を青年に向けようとした。真紅の切っ先が青年の喉に触れるかどうかというところで、火藍は僅かに目を見張った。矛先を見つめていた火藍の視界に不思議な笑みが引っかかったのだ。

 

 皮肉そうな面立ちからは想像できないくらいに穏やかな微笑みが浮かんでいる。しかも青年は矛先を避けようともしていない。微笑を浮かべたまま火藍を見据えている。火藍は硬直したまま、しばらく動けなくなった。

 

 しばしの間、二人は無言で見つめ合っていた。少しでも青年が動けばその喉を矛が貫くだろう。一歩、前に進むだけでいいのだ。火藍はだが、その一歩を踏み出せずにいた。緊張だけが高まり、手の中に汗が滲んでくる。

 

 不意に視界の隅に何かが割り込んでくる。火藍ははっと我に返ってそちらを向いた。青年が急に厳しい顔になって火藍と同じところを見やる。

 

 暗い空にその位置を示す印が浮かび上がっている。天に届きそうな真紅の細い光の柱を見つめ、火藍は息をついた。静かに手を下ろす。断罪せよ、という声なき声が心の奥深いところに届く。

 

「行かなくていいのか? 断罪の主なんだろう? お前は」

 

 声をかけられて火藍は矛を引いた。青年は真っ直ぐに光の方向を見つめている。が、青年の目に印が見える訳ではない。青年は火藍とはまた別の目でそれを見ているのだ。火藍はそのことを知り、深くため息をついた。

 

「わたしは火龍、火藍。貴公のお名前をお聞かせ願えるかな? 青龍神殿」

 

 青年はきっと自分のことをよく知っているのだろう。だからこんな質問はもしかしたらばかげているのかも知れない。そうは思ったが火藍は型どおりに名乗った。青年はだがそんな火藍を笑ったりはしなかった。へえ、と感慨深そうに呟いてからポケットを探る。青年の指がポケットからつまみ出したのは一本の煙草だった。

 

「おれは水輝だ。お前と同じで八大に名を連ねる者、かな。……まあ、おれなんかと一緒にされるのは心外だろうがな」

 

 そう言いながら水輝が招くように指を振る。どうやら火を点けろという意味らしい。火藍は顔をしかめて水輝の煙草の先を見つめた。ほら、と示すように水輝が煙草を揺らす。

 

「……ライター代わりに使われる謂れはないのだが」

「いいじゃん、ちょっとくらい」

 

 笑って告げると水輝は火藍に無造作に近づいた。驚く間もなく腕をつかまれる。火藍は何故か慌てて水輝の手を振り払った。不思議そうな顔で水輝が払われた手を眺める。火藍は舌打ちをして指を鳴らした。水輝の顔にほど近いところに小さな炎が生まれる。

 

 奇妙な感覚だった。どうして覚えていない筈の水輝の行動の一つ一つが気になるのだろう。使命通りに目の前の相手を断罪すればいいだけのことではないのか。なのに今の火藍は水輝の言動に囚われて躊躇していた。

 

 ばかばかしい。火藍は自分の心の動きを胸の奥で否定した。今はとにかく印のところに急がなければ。そう呟いて顔を上げる。まともに目を合わせてしまった火藍は水輝からさりげなく顔を背けた。水輝がにやにやと人の悪い笑い方をしていたからだ。

 

 小さな炎が煙草の先で揺れる。炎が吸い込まれるようにして煙草の先に触れた後、火藍は無言で指を再び鳴らした。現れた時と同じように唐突に炎が消える。

 

 黙ったまま火藍は印の許に歩み出した。その直後に水輝に名を呼ばれる。

 

「火藍」

 

 胸の奥に生まれた妙な感覚を無視して火藍は水輝を振り返った。皮肉な笑みを浮かべて水輝が顎をしゃくる。つられたように火藍は印を見た。

 

「少しは待ってやったらどうだ? どうせ先は短いんだ。ちょっとの間くらい再会の喜びとかってのに浸らせてやれよ」

「断る」

 

 即答して火藍は再び歩き出した。今度は水輝の声が飛んで来ることはなかった。




この二人は実は昔からずっと一緒にいたのですが……。
みたいな事情があったりします。
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