※この作品はR-18です。

魂の座 一部 凍えた魂   作:伊駒辰葉

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バタバタしてきました。
エロシーンはありません。


電話と修理と転移

 優一郎は一方的に切られた電話を見つめ、小さく息をついた。これで要は現場から退避するだろう。少なくとも話を聞いた限りでは要は足手まといにしかならない。

 

 応急処置は終了している。優一郎は実験台に横たわる多輝と由梨佳を交互に眺めた。奈月が手際よく手伝ってくれたこともあり、作業は優一郎が考えていたよりはずっとスムーズに進んだ。恐らく奈月は優一郎の気付かないところで力を使っていたのだろう。作業中、優一郎は何度か不思議な気持ちになった。ささくれていた心を包み込むような穏やかな気持ちがこみ上げてくる。そんなこともあったからこそ作業は順調に進んだのだ。そうでなければ激情のために手元が狂ったかも知れない。

 

 由梨佳の機体は大破していた。多輝と違い、由梨佳には攻撃を防ぐ手段はない。恐らくは圧倒的な力に無防備に晒されたのだろう。そのことは由梨佳の機体の状態から一目瞭然だった。

 

 四肢が吹き飛び、胴には大きな穴が穿たれていた。あの状態で脳を正常なままで維持できたのが不思議なほどだ。緊急用のシステムが辛うじて立ち上がり、由梨佳の脳を守ったのだ。

 

 脳さえあれば機体など幾らでも修理できる。壊れる前の由梨佳の姿を完全に再現することが可能だ。が、それを頭で判っていても優一郎の怒りは収まらなかった。一体、何がどうして水輝をそうさせたのかは判らない。事態がどう進んでいるのか、そして自分がそこにどう組み込まれているのかすら判らない。それでも優一郎は無差別に力を放出した水輝に対して言いようのない怒りを覚えていたのだ。

 

 そして怒りと同時に欲望がこみ上げる。機体の大半を壊されてしまった由梨佳のシステムは辛うじて動いているに過ぎない。いま、ここでシステムのプログラムを完全に書き換えてしまうことすら自分には可能なのだ。奈月は自らが機械の身体を持つためにある程度はヒューマノイドの特性について理解もし、機体の構造もそれなりに判ってはいる。だがシステム面となると話は別だ。例えば優一郎が奈月の目の前で由梨佳のそれを完全に書き換えても、奈月には何をしているのか理解出来ないだろう。少なくとも優一郎には奈月にそれと知られず作業する自信があった。

 

 マスター登録を替えるだけで由梨佳は自分のものになる。そうすれば由梨佳は総一郎ではなく、優一郎の命令に服従する。それを考えると自然と優一郎は興奮した。怒りと性的な欲望が同時にこみ上げ、激しい高揚感が心に満ちる。

 

 だがそんな優一郎を鎮めたのが奈月だったのだ。壊れた由梨佳を見た直後、優一郎は発作的に奈月を壊そうかと考えた。水輝が大切にしていることはよく知っている。きっと奈月を壊してしまえば水輝は怒り狂うだろう。現に以前に水輝が長い眠りについた原因は奈月が壊れたことにある。己を破滅させるほどの力を放出した結果、水輝は深く長い眠りにつかなければならなかったのだ。

 

 人ならぬ力がなくとも奈月を壊すことは可能だ。奈月の身体は機械仕掛けだ。それ故に優一郎には奈月を壊す方法を幾つも思いつくことが出来た。

 

 早く、早く修理しないと! このままでは由梨佳さんは!

 

 由梨佳を発見した時、切羽詰った奈月の声に我に返らなければ、優一郎は恐らくそのまま延々と奈月を壊す方法について考えを巡らせていただろう。そしてその考えはただの八つ当たりでしかないことにも気付けなかった筈だ。

 

 人を超える力を持つ奈月には人の思惟が読めるという。そうでなければ由梨佳を発見出来なかったとも聞いた。だが奈月はそんなことを考えている優一郎に何も言わなかった。我に返った優一郎は、それが奈月なりの気遣いなのだということに初めて気がついたのだ。

 

 もしかしたら単に読んでいなかっただけなのかも知れないけど。そう呟いて優一郎は手の中の電話を見下ろした。一応の処置が終了したからだろう。奈月は放心した顔で椅子に腰掛けている。

 

「どうやら学校で問題が発生したようです」

 

 優一郎は要から聞いたことを端的に説明した。もっとも、要も説明を中途で止めてしまったので、詳細については判らない。そのことも優一郎は付け加えた。疲れた表情をしていた奈月が次第に顔を曇らせる。

 

「赤い……人、ですか?」

「要さんの表現ですとそうなります」

 

 赤い女が暴れてたのよ。要は電話で優一郎にそう喚いた。そして要によれば、その女は保美の機体を破壊したらしい。そこまで聞けば優一郎には大体のことは理解できた。赤い女、と要が称したのは恐らく地下の二階にいたあの機体だ。風の主が火の力をこめた少女がとうとう目覚めたに違いない。火の力が表面化し、髪と瞳が赤く染まり変わっていたのだろう。だから要は赤い女と表現したのだ。

 

 優一郎は手早く工具を片付け始めた。修理中の二人には悪いが、先に学校に行った方が良いだろう。それにどのみち、本格的な修理は部品を調達してからになる。優一郎は台に乗った二体を交互に見つめた。穏やかな寝息を立てているのが多輝だ。対する由梨佳は死んだように静止している。本来、ヒューマノイドに眠りはない。由梨佳の機体が調子が悪いのではなく、多輝が異質なのだ。

 

 工具を片付け終え、優一郎は毛布を多輝の身体にそっと被せた。機械の身体は剥き出しにしておいても風邪などひかない。が、どうしても眠っている多輝を見ていると裸のまま放置しておくのは忍びない気がする。眠る多輝を少しの間だけ見つめ、次いで優一郎は由梨佳に目を向けた。

 

 頭部、胸部、腹部、そして四肢が分かれた形で台に置かれている。各システムは修理用の端末に直結されており、脳は正常に維持されている。特に問題はない。優一郎は薄く笑って由梨佳の髪をそっと撫ぜた。長く細い髪が指に絡みつく。

 

 このまま僕のものに出来ればいいのに。そう思う心のどこかではそれを酷く恐れる自分がいる。優一郎は不思議な気分で由梨佳の髪から手を離した。離れ際に名残惜しくなり、このままずっと触れていたいという気になる。が、優一郎はそれをぐっと堪えて由梨佳に背を向けた。

 

「とにかく学校に戻ります」

 

 そう告げて優一郎は屋敷の地下にある実験室から出ようとした。すると慌てたように奈月が腰を上げる。胸の前でしっかりと両手を組み合わせ、奈月はすがるように優一郎を見つめた。

 

「あの、わたしもお供していいでしょうか?」

 

 訊かれて優一郎はすぐには答えられなかった。奈月を学校に連れて行くことそのものは構わない。もしも火の力を持つあの機体が攻撃を仕掛けて来ても、奈月がいればある程度は凌いでくれるだろう。最悪の場合、その隙に逃げることも出来る。そんな打算をしなかった訳ではない。優一郎にとっては得としか思えない申し出だった。 

 

 けれど何故か即答できない。逡巡した後、優一郎は困惑したままで奈月を見つめ返した。

 

「ですが、多分かなり危険ですよ? それでも構いませんか?」

 

 注意深く優一郎は訊ねた。奈月はだがためらいなく頷いてみせる。

 

 それから二人は学校に向かうことにした。が、夜も遅い。こんな時間にわざわざタクシーが住宅地を巡回している筈もない。仕方なく優一郎は徒歩で学校に行こうとした。が、それを奈月がおずおずと引きとめる。

 

「えっと、もし良かったら転移しましょうか?」

 

 一瞬、その言葉が何を意味するのか理解できなかった。次いで納得する。奈月は学校まで瞬間移動するかと言っているのだ。優一郎はしばし迷ってから頼むことにした。龍神たちのとある想いが機械の身体にこめられているのが奈月の意識を形作っている。根本が龍神の想いであるからこそ、奈月はその力を使うことができるのだろう。が、まさか空間を渡ることまでしてのけるとは、優一郎も思っていなかったのだ。

 

 貴重な体験になるかも知れない。少し緊張しつつ優一郎は言われるままに奈月の手につかまった。

 

「校内は危険かも知れませんので、校門の前付近にお願いできますか?」

 

 告げた優一郎に奈月が小さく頷く。そして二人は実験室から姿を消した。




奈月は実はかなり強いのです……。
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