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自分たちは何ゆえに存在し、今からどこに向かって行くのだろう。これからの未来が闇なのか、それとも光なのか。激しい憎悪を伴う飢餓感を払拭する方法を見出すことは出来るのか。順を始めとするハンターの誰もが疑問に思うことに、立城がある一つの答えを与えたのだ。
世界の意志。それは紛れもなく世界が生きていることを示している。立城が得たある一つの答えを順も得てしまったのだ。
たった一つ、ごく当り前のことを龍神もハンターも考えない。世界の意志とは名ばかりで、そこにいるのは別の誰かだ。そう、誰か、なのだ。そこにいるのは世界という曖昧な存在ではない。自分たちと同様に意志を持ち、考え、答えを弾き出し、玩具を扱うような気軽さでこの世界を動かしてしまう誰かだ。
翠の時空を越える力でも決してたどり着けない場所に、それはいる。紫翠と言えど、その存在の許にたどり着けるかどうかは怪しいところだ。が、試してみる価値はある。
静かに歩み寄る。真也は立城の作ったロボットと抱き合ったまま真紅の矛に貫かれていた。ロボットは機能を完全に停止して真也の腕の中で目を見開いている。真也の背後には一人の少女が厳しい目をして立っている。
「……邪魔だてするなら貴公に攻撃を加えなければならないが、それでも宜しいか?」
いつの世に生きていてもやはり生真面目な性格は不変らしい。立城は苦笑して首を振った。
「邪魔をするつもりはありませんよ。ですが、その前に彼と少し話をさせてもらえませんか?」
少女がぴくりと眉を上げる。その挙動すら以前と同じだ。立城がにっこりと笑ってみせると少女は無言で矛を引いた。胸から引き抜かれた矛に引き寄せられるように真也の身体がぐらりと揺れる。
力尽きたロボットの機体が地面に音を立てて崩れ落ちる。立城は片腕で真也を抱きとめ、その顔を覗き込んだ。青白い顔色をした真也がゆるゆると目を開ける。
「……おっせえ……ん……だよ……」
身体に見える傷は全くない。だが真也は確実にダメージを受けている。いや、正確に言えば真也の魂が息絶える直前なのだ。立城は静かにその場に屈み、地面に膝をついた。両腕にしっかりと真也を抱える。
力なく伸びた手が立城の唇から煙草を引き剥がす。唇に細身の煙草を咥えた真也は微かに笑って目を閉じた。
二度と同じことは繰り返すまいと心に固く決めていた。もし、真也がこの世に蘇るようなことがあれば、二度と死なせないと思ってきた。だがそう思いながらそんなことはあり得ないと心のどこかで諦めていた。一度死んだ者は決して蘇ったりはしない。たとえもう一度、肉体をまとってこの世に現れたとしても、それは蘇ったことにはならない。死に変わり、生まれ変わって行く中で似た魂の輝きを持っていたとしても、それは全くの別人だ。世の理とは決して抗うことの出来ない世界の法則だ。それ故に立城はずっと真也の面影をこの世のどこかに探しながら、けれど決して真也は現れないと思ってきたのだ。
だが現実はこうして目の前に横たわる。しかも決して望んだことなどなかった無情な形で。
紫煙が風に流れていく。赤い光の中で真也は少しだけ唇を歪めた。きっと笑っているのだろう。立城は黙って真也を見下ろしていた。
歪んだ力の果てにこの世に現れた真也の魂の存在にはすぐに気付いた。翠が仕組んだということもはっきりと理解できた。だからこそ会うつもりはなかった。翠が何を考えているにせよ、真也の魂を無理やりに絵美佳の身体にねじ込んだと判っていても、たとえ真也が心から自分と再会を願っていると知っていても、それでも会うつもりはなかったのだ。
なのにこうしてここに自分がいる。
泣いてんじゃねえよ、ばーか。
心の中に声が聞こえる。立城は伏せかけていた目をはっと開いた。既に喋る気力がないのだろう。真也の声が直接心の中に届いたのだ。
「僕が泣く筈がないじゃないか」
微かに笑って立城はそう告げた。腕の中に抱いた真也が唇を僅かに動かす。苦しみを堪えるような面持ちをしつつ、真也は深く息を吸った。しばしの間の後に唇の端から細い煙が吐き出される。
言ったろ? お前はお前の道を迷わずに歩いて行けって。
狂おしいほどの思いの込められた呼び声は立城の魂を引き裂くほどの強さがあった。だが呼んだ本人である真也はいま、狂気の思惟を放ってはいない。真也がまるで嘘のように穏やかな心持ちでいることは、接触しているだけで感じ取れる。
まさか、と立城は息を飲んだ。
「もしかして気付いていたの? 僕が何をしようとしているのか」
自分でも気付かないうちに立城の声は震えていた。真也はただ煙草をくゆらせつつ思惟を飛ばす。実際に喋っていない分だけ、横たわる真也の姿が嘘のように思えてくる。
俺はお前の足枷になるのだけはごめんだ。これも前に言わなかったか?
軽く肩を竦めて斜に構えながら口許を歪める真也の姿を思い浮かべ、立城もつられたように苦笑した。
「そうだね。前にも言われたね」
そう言いながら立城はさりげなく少女を見やった。それまで黙して微動もしなかった少女が小さく頷く。そろそろ時間切れか。立城がそう内心で呟くと、タイミングよく真也の心の声が飛んで来た。
それにしても立城、趣味が悪くなったな。
にわかに曇った空から小さな雨が落ちてくる。張り出した雲はあっという間に月を隠し、周囲を闇に包んだ。一つ、二つとグランドに雨の雫が落ちたと思ったところで、瞬く間に雨は強くなった。立城は口許に微かな笑みを刻み、真也を地面に横たえた。辛うじて火の点いている煙草を真也の唇からはがす。
「これでも君へのはなむけのつもりなんだと思うよ。不器用だけれどね」
立城はそう告げて少女を見た。矛を携えた少女がゆっくりと真也に歩み寄る。その顔には感情はない。こうして断罪するたびに相手を悼んでいてはきりがないのだろう。いや、もしかしたら相手を思いやる心が顔に出ていないだけかも知れない。
ゆっくりと矛先が真也に向かう。立城は黙って立ち上がった。雨の形をとった結界の中には立城と真也、それに少女の三人きりだ。ちょうど到着した優一郎たちは結界内には入って来れないだろう。
じゃあ、またな。
それが真也の最期の言葉だった。