※この作品はR-18です。

魂の座 一部 凍えた魂   作:伊駒辰葉

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順視点で続きです。
ちょっと長めですが一気にアップしました。
エロシーンはありません。


穏やかな道へ行こうよ

 真紅の光の柱が天に向かって伸びていく。順はぼんやりとその様子を眺めていた。降り始めた雨を避けるために手を翳す。

 

「あーあ。煙草が湿気ちゃったじゃん」

 

 ぼやきながらポケットから潰れかけた煙草の箱を引っ張り出す。軽く息をついて順は自分の周囲に結界を張ろうとした。が、寸前で思い止まる。張り巡らせていた警戒のための網に、見知った気配が引っかかったのだ。

 

 一瞬でそれまで張り巡らせていた力を回収する。背後から駆けて来たその人物に初めて気付いた顔をして、順はゆっくりと振り返った。

 

「あっれー? どしたの? こんなとこで会うなんて奇遇だねえ」

 

 順はだらしない笑みを優一郎に向けた。息を切らせて駆けて来た優一郎が慌てたように足を止める。

 

「葵さん? どうしてここに?」

 

 先日、優一郎とは病院で会ったばかりだ。しかもその時の順はまだ身体中に包帯が巻かれた状態だった。優一郎が驚くのも無理はない。順にしても優一郎と外で会おうとは思っていなかったのだ。

 

 やれやれ、と呟いて順は手にしていた煙草をポケットに戻した。ここで下手に力を使って優一郎に疑われるのは楽しくない。まあ、どのみちもう疑ってるかもだけどね。そんな順の気持ちとは裏腹に、優一郎は心配そうに気遣う言葉を発している。もう大丈夫なんですか。何度か念を押されて順は苦笑いしながら片手を上げた。

 

「ぜぇんぜんだいじょぶ。ほら、この通り」

 

 軽い口調で言いながら順は大袈裟に手を振ってみせた。優一郎が安堵の息をつく。どうやら優一郎は危惧したほどは疑ってはいないらしい。順はそのことに気付いて改めて不思議な気分になった。

 

 純粋培養だねえ。順は内心でそう呟いて小さく笑った。何故、順が笑ったのかを理解できないのだろう。優一郎が怪訝そうな顔になる。

 

 ハンターの苦悩をあっさりと当ててみせた立城のやり方には腹が立つ。隠している訳ではないが、敵側である龍神にわざわざハンターの事情を思ってなど欲しくないというのが本音だ。しかもその相手が立城であればなおのこと、だ。その上、立城はハンターの存在を悲観的に捉えているのではない。あくまでも現在の世界の成り立ちを分析する上において、引き合いとしてハンターの事例を出したに過ぎないのだ。

 

 気に食わないよねえ。順は優一郎の脇に立ってそう考えた。しかも立城の計画にはどうやら優一郎も関わっているらしい。当の優一郎は何かには勘付いているだろうが、立城が何を考えているのかを深くは知らない筈だ。

 

 立城は恐らく自分の弟である真也の存在すら、計画の過程に踏みつけにしている。現に順の目の前で真也の魂の灯火は消える寸前になっているのだから。

 

「何が気に入らないって、あんな優しい顔してそゆことするってことだよねぇ」

 

 順は微かな声でそう呟いて口許を歪めた。俯いた順のその表情を見てはいなかったのだろう。優一郎は眉間に寄せた皺を深くしただけだった。ああ、と笑って順は顔を上げた。

 

「違うよ。キミじゃなくて」

 

 いつものだらしない笑みを浮かべて順は手を振った。そろそろ雨は冷たい風に吹かれて雪に変わろうとしている。戸惑いの表情を浮かべた優一郎を余所に順はゆっくりと歩き出した。目の前には恐らく結界がある。それを知りつつも順は歩きながら手を伸ばした。

 

 痺れるような感覚と共に手が何かに遮られる。そこで順は振り返って肩を竦めた。意味が判ったのだろう。優一郎が慌てたように寄ってくる。自然な動きで優一郎がポケットから小さな機械を取り出す。

 

「それ、なに?」

 

 優一郎の手の中を覗きこむようにして順は問い掛けた。ああ、と頷いて優一郎が濡れた髪を指ですく。何気ないその仕草が新鮮に思え、しばし順は優一郎を見つめていた。その間に優一郎は機械を片手に説明を始める。どうやらそれは龍神の力の残留量を調べる装置らしい。しかもその装置は力の種類を判別できる優れもののようだ。

 

「何かすごいっぽいねえ。でもさあ」

 

 順はひとしきり感心してから笑って優一郎を指差した。

 

「りゅーじんって何?」

 

 空惚けて告げると優一郎が慌てたように詫びを口にする。どうやら相当に優一郎も気が動転しているようだ。それはそうだろう。真っ赤な光は既に人の肉眼でも捉えられるほど強くなっている。結界内に展開している真紅の光は断罪の証だろう。順はその光に目を細めてから優一郎を見やった。

 

 ぎこちない笑みを浮かべてから優一郎は話し始めた。龍神の性質などについて語る優一郎の口調はどこか頼りない。それはそうだろう。優一郎にしても、はっきりと目で見て全てを確認した訳でもないし、しかも語っている内容にははるか昔の話も含まれている。それでも優一郎からすれば無関係とも思えるだろう順に話しているのは、きっと気が納まらないからだ。

 

 天から落ちていた雨が雪に変わる。白い雪を見止めたのだろう。ふと、優一郎が言葉を切って天を見上げる。順は腕を伸ばして雪を手のひらで受け止めた。白い雪が手の上で溶けて消える。

 

 弟を事に巻き込んだ立城は、優一郎をも巻き込もうとしているのだ。そうでなければ順は優一郎と知り合うことはなかった。可哀想に、と順は胸の内で呟いた。龍神などと知り合うことがなければ、優一郎の人生はもっと穏やかだっただろう。が、逆に言えば龍神がかかわっていなければ、優一郎はこの世に生まれていなかったかも知れない。

 

「ええと、どこまで話しましたっけ」

 

 寒さに身震いしつつ優一郎が眉を寄せる。そんな仕草を見ているだけなら、優一郎もどこにでもいる高校生に見える。だが立城はそれ以上のものを優一郎に期待しているのだろう。それが順には痛いほどよく判った。

 

 あれだけの情報をオレに垂れ流すにはそれなりに意味があるんだろうし。順は優一郎に曖昧に声を返しながらそう考えた。

 

 だから欲しいと思う。立城が生贄に選んだ優一郎だからこそ、順は心の底からその存在を手に入れたいと望んでいるのだ。それを考えるだけで震えるほどの高揚感が心に満ちる。

 

「ですから、龍神には八大と言われる存在が」

 

 説明を続けていた優一郎がそこで言葉を切る。その目は訝るように順を見つめていた。が、順は真っ直ぐに目の前の紅い光を見ていた。優一郎の言葉の一つ一つは胸に突き刺さる。今も優一郎に呼ばれるだけで、鋭い痛みが身体に走るのだ。それでも順は優一郎を見てはいなかった。言葉の一つ一つは、あえて優一郎を見ないことで更に鋭さを増し、心を抉ろうとする。順はその感覚に小さく笑った。

 

「葵、さん?」

 

 ためらいがちな呼びかけに順は軽く肩を竦めるだけの返事をした。既に真也の魂は冥界へ旅立っている。なのにこの場所にはこれだけの力が残っているのだ。結界越しにも断罪の名残ははっきりと読み取れる。順は結界に手をあてがって息を潜めた。間近にいる優一郎から発される容赦のない冷ややかな力と、結界内から漏れてくる火藍の熱い力の両方を存分に浴びてみる。日光浴でもするかのような気軽さで、順は己の身を二つの力に晒していた。

 

 塞がりかけていた傷が開く。見る間に順のシャツは胸元から血に染まった。

 

「あ、ごめん。ちょっと無理しすぎたかも。話、また今度聞かせてね」

 

 順は血の流れる胸を手で無造作に押さえて踵を返した。

 

 天の龍神はもういない。代替品を作ろうとした立城の真意は判らない。そして代替品の楔となるよう、生贄を用意したやり方も理解できない。順は数歩ほど歩いて天を仰いだ。

 

 オレとあいつ、どっちが残酷なんだろうねぇ。

 

 そう呟いて振り返る。優一郎は心配そうに順を見つめている。本気で順を気遣っていることが、その表情からもはっきりと読み取れる。

 

「だいじょぶだよ。心配しなくても」

 

 心配は要らない。少なくとも生贄になるよりははるかに穏やかな道を用意しているのだから。順は言葉にしない思いをこめて手を軽く上げてみせた。




まだ葵という名前問題があるんですよね……w
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