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「大丈夫かい?」
問われて優一郎は小さく頷いた。濡れた地面は嫌に冷たく、冷え切った身体を更に冷やそうとする。風邪をひくかも知れない。そんなことを考えつつも優一郎は腰を上げようとはしなかった。身体のだるさも手伝って、考えることすら億劫になる。深い息を吐いて優一郎は二人に力ない笑みを向けた。
追い越そうと真剣に考えているのに総一郎は未だ、優一郎の手の届かないところにいる。父親が自身の最大のコンプレックスであると気付いた時から、優一郎は精神的に少しずつ疲れていた。父親を追い越そうとしている本当の理由が嫌でも判ってしまったからだ。
由梨佳と絵美佳が自分の中に総一郎をみていると知ったとき、憎悪にも似た激しい感情が優一郎の心に芽生えた。だがそのことに優一郎はずっと気付かないままでいられたのだ。風の主に本音を引き出されるまでは。
「そんなところに座っていると風邪をひいてしまうぞ。ただでさえ濡れているんだろう?」
意外にも優一郎にそう声をかけたのは少女の方だった。
「そうですね。部室に戻って一眠りさせてもらいます」
口ではそう言いつつも優一郎には既に立ち上がる気力がなかった。少女がため息をつきながら近づいてくる。腕を取られた瞬間、優一郎は反射的に少女の手を払いのけた。
「……手を貸そうとしただけなのだが」
間近に見てもその機体の出来栄えは素晴らしい。見た目にはとても機械とは思えないくらい、人に近い姿をしている。そんな少女は優一郎の傍に片膝をつき、伺うような目をしている。払われた手をちらりと見つめる様も人と何ら違いない。
だがこの機体にこめられているのは人とは全く別の力だ。立城は前に龍神は力で出来たものだといった。入れ物は違っていても、やはりこの少女も力で構成されているのだろう。
人と龍神を差別し、対応を変える気はない。生きている存在という意味では人も龍神も、そしてハンターと呼ばれる彼らも同じだからだ。が、この時の優一郎は疲れきっていた。自然と少女に対する態度もきつくなる。
「部室荒らしの張本人の手を借りるつもりはありません」
要が赤い女、と称したのがこの少女だということは判っている。優一郎は冷ややかにそう言いきって地面に手をついた。なけなしの気力を奮い起こして何とか立ち上がる。
地下にある優一郎の私室とも言える研究室から地上に抜けるには、幾つかのセキュリティシステムを解除しなければならない。その方法をこの少女が知っていたとは思い難い。となると、少女は少なくとも二箇所以上の防壁を実力で突破したに違いないのだ。その際に何も壊れていなければ問題はない。だがどう見てもこの少女がそんな穏やかな方法で地下から脱出したとは思えないのだ。
優一郎の厭味に少女は殆ど反応しなかった。僅かに眉を上げただけだ。
「一応、これでもわたしには名前があるのだがな」
「それはそうでしょうね」
そっけなく告げて優一郎は少女の横を過ぎようとした。呆れたようにため息をついた少女がささやかな声で名乗る。優一郎はふと立ち止まって振り返った。
火龍神、火藍。少女の名前は確かに耳に入った。その筈なのに優一郎の胸の奥には全く別の名前が思い浮かんでいた。
「僕は吉良優一郎です。一応、あなたの作り主ということになりますね。ですが、マスター登録はしていません。どのみち、僕に設定していたとしてもあなた方は勝手に変更してしまうのでしょうし」
苛々しながら優一郎は解説してみせた。そんなこと、本当はどうでもいいのに。少なくともこの時の優一郎は何もかもが嫌になっていた。これから部室に行って被害状況を調べなければならない。多輝や由梨佳の機体の修理もする必要がある。ロボットのこと、栄子のこと、要のこと。葵のことも無視する訳にはいかない。考えを素早く巡らせた優一郎は苛立ちに任せて息を吐いた。濡れた髪をなでつけて伏せていた目を上げる。
無意識のうちに優一郎は鋭い目つきになっていた。
「その上、この騒ぎですか。実に不愉快ですね。今くらい、僕の目の前から消えてくれませんか」
そう言った後、優一郎は胸に浮かんだ名前を無意識に口にした。その瞬間、耳の奥で甲高い音が鳴る。耳障りな音に驚き、優一郎は伏せがちになっていた面を上げた。反射的に周囲を見回す。
さっきまで確かにいたのに。優一郎は唖然として火藍がいた場所を見た。そこには火藍はいない。
「参考までにどうしてその名を知り得たのか訊きたいところだけれど、また今度にするよ。とにかく君は早く休んだ方がいいだろうしね」
淡々とした声が背後から聞こえてくる。優一郎はゆっくりと肩越しに立城を見返って微かな嗤いを浮かべた。立城は相変わらずの微笑みを浮かべている。だがどうしてだかそんな立城は無表情に見えた。何の感情も表していない気がする。優一郎は唇だけで嗤ってから、そうですね、と答えようとした。
ぐらり、と視界が揺れる。滲んだ視界の向こうから真っ白な雪が飛び込んでくる。優一郎はその場に力なく崩れ、意識を失った。
優一郎は意識なくしたまま終了というね!w