少しながいですが一気にアップです。
エロシーンはありません。
真っ白な天井が目に留まる。しばしぼんやりと天井を眺めてから絵美佳は飛び起きた。真っ先に自分の身体を腕で抱きしめる。間違いない。意識が肉体に戻ってきている。そのことを確認し、絵美佳は深々と息を吐いた。
ほんの一日、二日のことなのに随分と長く感じられた時間だった。夢なのか現実なのか、その境界の曖昧な場所で絵美佳は眠るように丸くなっていた。自分の代わりに表面化していた真也の心情が手に取るように判った。自分では見ていない筈のことが見え、聞こえる筈のない声が届く。絵美佳は疲れた息を吐いて目を覆った。
他の何も要らないと狂気じみた思いを吐き出していた真也のことを考えてみる。既に真也の魂は自分の中にはない。だが、あの時に感じたものは生々しく絵美佳の胸に残っていた。本当の思いを隠すため、残ったなけなしの力を集め、真也はあえて自分の心に蓋をしたのだ。
そんなことをしても意味がないのに。そこまですることなんてないのに。夢と現実の狭間で絵美佳はそう思った。真也にとって立城がどれほどの存在なのか、正直なところを言えば判らない。そして立城が真也に何を求めていたのかも、彼らがどんなつながり方をしていたのかも理解は出来ない。そもそも、彼らが実際に生きていた時代に絵美佳はまだ生まれていなかったのだ。理解しようにも出来る筈がないし、当人でない自分が例え彼らと直接に知り合っていたとしても、事情は恐らく一端しか判らなかったに違いない。
それでも絵美佳は真也に言いたかった。そんなことをしても無駄なのだと。
最初は真也の存在を疎ましく思った。絵美佳にとって真也は単なる邪魔者でしかなかったからだ。事情がどうであれ、自分の行動を妨げる者に好意など持てはしない。絵美佳は真也の魂に気付いていながら、あえて知らん顔をした。どのみち無視し続けていればいつか諦めるだろう。実際、死に損ないなのだから、早々に出て行ってもらわなければ困る。最初は絵美佳はそう思っていたのだ。
だがある時、ふと気付いた。絵美佳が真也の存在に気付いたのはここ最近のことだ。何年も前ではない。不思議に思った絵美佳はいつもは無視していた真也に訊いてみた。
あんたさあ。俺が気付くまで何してたんだよ。
すると真也は笑う気配だけを絵美佳に伝えてきた。つまり真也は絵美佳が気付くまでの十数年、無言を貫き通していたのだ。決して自分から絵美佳に働きかけるようなことはせず、ただひたすら絵美佳が気付くまで待っていたのだ。それに気付いた絵美佳は呆れ果てた。龍神にとってどうなのかは知らない。が、人の十数年は短くない。同じ時間があれば色んなことが出来る。
呆れた気長さだな。真也の答えに絵美佳はそう返した。
それからだ。真也は少しずつ絵美佳に情報を明かし始めた。最初は穏やかな当り障りのない程度のことだった。最初に龍神が生まれた時の話や、群れを成して空をゆく話。それらは絵美佳が一人で眠りに落ちる前や、ふと気を抜いた時に語られた。感情のない話し方だったからだろうか。真也の話は最初はお伽噺にも似ていた。
やがて話が現在に近づいてくる。知らない内に絵美佳は真也の話に引き込まれていった。八大と呼ばれる龍神について聞いた時、ふと絵美佳は問い掛けた。龍神たちの頂点に立つ、その八人を誰が選択するのだろう。そう訊いた時、真也は初めて困ったような思惟を返してきた。
強いて言えば世界、かな。
それが真也の答えだった。が、言葉以外の意味がその答えにはこめられていた。真也自身もその疑問についてははっきりとした答えを持ってはいないのだ。
真也の魂が内に入っていたからなのか、絵美佳もある程度の事情は先に知り得ていた。気付いていない間も真也の記憶が自然と少しずつ漏れていたからだ。だから真也の話も理解しやすかった。
なのにその一点がわからない。どうしてだろう、と絵美佳は自問してみた。龍神の持つ龍宝珠と呼ばれる宝玉も全部で八色。そして八大の名の通り、頂点に立つ者たちも八人だ。
その数字に特殊な意味があるのだろうか。そう考えを巡らせている間、真也は絵美佳に話し掛けなかった。今から考えるとまるでわざと絵美佳に考えさせていたようだった。だがその時の絵美佳は真也の意図には気づかなかった。
様々な話を聞いた。次第に物語は現実味を帯びてくる。真也が生まれた頃にまで話が進むと、絵美佳にとってそれは他人事ではなくなった。何しろ、話を聞いている最中も真也の魂は自分の中にあるのだ。どんな経緯があってこんなことになっているのかを知りたいと思うのは当然の成り行きだった。
そうだ。あんたに謝んなきゃなんないことがあるんだ。
ふと、話を中断して真也がそんなことを言い出したのは数日前のことだ。
俺のせいであんた、生まれた時に女になっちまってたんだ。けっこう生き難かったんじゃないか?
詫びた真也に絵美佳は苦笑した。真也が言ったことが真実ではないと知っていたからだ。自分が女で生まれた原因の一端は確かに真也だろう。だが本当はそれだけではない。
女の身体でなければ耐えられなかったからだ。絵美佳が女として生まれたのは、ある意味では絵美佳自身の魂が選択した結果だ。だから謝る必要などどこにもない。絵美佳は思ったままを真也に伝えた。すると真也は困ったように笑った。
目の前にいたらいい友達になれていたかも知れないのに。その時のことを思い返しながら絵美佳は小さく息を吐いた。
世界と名付けられたそれには明確な意思があるのではないか。八という定められた数字には何らかの意味がある。だがそれらのことをはっきりと解明するには、時間がかかる。
絵美佳が考えた末に出した答えを真也は求めなかった。もしかしたら最初から真也は別の誰かのために答えを出させたのかも知れない。あくまでもそれは仮説でしかない答えだったから、絵美佳も真也に告げようとは思わなかったのだ。
誰に聞かせるつもりだったのかな。絵美佳は手の中で目を開いて掠れた声で呟いた。息を吐き、目を覆っていた手を退けると天井の白さが目に染みる。思わず顔をしかめて瞼をこする。それだけの動きをしただけなのに、身体がまるで他人のもののようで変な気分だ。
ゆっくりと身体を起こす。一心不乱に立城だけを求め、狂った叫びをあげ続けていた真也はもういない。絵美佳は俯いて何気なく両手を見下ろした。少し前までこの手が立城を抱きしめていたのだ。身体は機械仕掛けのものであっても、中にこめられたものは本物だった。立城は自分の意識の大半を機械の中に封じ込めていたのだ。そうでなければ、たとえ真也が心に蓋をしていたとしても、本人と勘違いをすることはなかっただろう。そして器が違っていても中身が本物だったからこそ、真也は最期まで騙された振りをし続けられたのだ。
最後に真也は絵美佳に詫びた。魂が真紅の光に貫かれる直前、ごめん、という言葉だけが絵美佳の胸に届いた。恐らく、あの紅い断罪の主や立城は気付かなかっただろう。同じ器にいたからこそ絵美佳にだけ聞こえたのだ。
その一言にこめられた思いを考えるとやるせない気分になる。全てを無視し、敵に回すやり方で真也は立城との再会を果たした。確かに真也が器の表面に出ている間、絵美佳はそのやり方に怒り狂っていたのだ。絵美佳の怒りを買い、さらに真也は水輝に手を出した。剥き出しになった狂気に任せて水輝を道具として使ったのだ。当然、水輝もあの瞬間は怒っていただろう。
本当は黙っていれば決して判らなかっただろうに、最後の最後で真也は立城に声をかけてしまった。そのことで立城は真也の真意に気付いた。断罪の主は迷うことはなかっただろうが、少なくとも真也が何を考えていたのか、ほんの一端でも知ってしまっただろう。その上で断罪ということについて考えずにはいられなかった筈だ。
それら全てのことを踏まえた上で出た言葉だったのだ。それが絵美佳には痛い程によく判った。だから言いたかったのだ。どんなに偽っていても結局は全てが明らかになるのだと。
「無駄だって言ったのに」
短い髪を指ですく。髪の長かった時の癖がまだ抜けない。絵美佳は思わず苦笑して再び手を見下ろした。細かった指は少しだけ太さを増している。何気なく絵美佳は手を隣のベッドに翳してみた。真っ白なこの部屋は恐らく病院内にあるのだろう。そして隣で穏やかに眠っているのが優一郎だということも、絵美佳は知っていた。
手を下ろし、絵美佳はベッドから滑り降りた。今日が何日で何曜日なのかが全く判らない。一体、あれからどのくらいの時間が経っているのだろう。急がなければ予定に間に合わなくなる。
そうだ、と絵美佳は部屋を出る直前に振り返った。足音を殺して優一郎に近づく。眠る優一郎をじっと見つめ、絵美佳は目を細くした。
残り香のように気配が読み取れる。今までは真也が封じていたのだろう。絵美佳はいつの間にか、これまで意識したことのなかった様々な気配を読むことが出来るようになっていた。
火龍神と木龍神、ついでに風龍神ね。内心で呟いて絵美佳はひっそりと笑った。どんなに彼らが意識して気配を消していても、匂いまではなかなか消せないものだ。同族のそれをかぎ分けた絵美佳は静かに優一郎から離れた。
壁にかかった鏡に絵美佳の姿が映る。鏡の中の絵美佳の髪の色は青みかかった白色へと変わっていた。そんな自分の姿を目で確かめ、絵美佳はふん、と鼻で笑った。総一郎の血のためだろう。目の色は少し薄くなってはいるが、さほど前と変わらない。
そういえば、戸籍も何とかしないとならないかな。鏡を見つめて絵美佳は小さく呟いた。性転換しましたと言えば大抵の者は納得するかも知れないが、どこから足がつくか判らない。先々のことを考えると、やはり新しく戸籍を用意する方が無難だ。悪事を働く気はないが、どうせごちゃごちゃとした法律のどこかに引っかかることくらいにはなるだろう。
額に手を伸ばす。眠る優一郎を振り返ることもなく、絵美佳はその場から消えた。
ここまでお付き合い下さった方々ありがとうございます!
次の話も長いです!w
良かったらお付き合いください。