あ、エロシーンはありません。
スペシャルプリンパフェの横綱盛りについて 1
久しぶりに帰ってみると家の中はもぬけの殻だった。絵美佳はあの由梨佳が家を空けることがあるなど、随分と珍しいと思いつつ床についた。だが目覚めてもやはり由梨佳はいない。怪訝に思ったが、絵美佳は一人きりで学校に行く準備を整えて家を出た。
父である総一郎は絵美佳が物心ついた時から家を空けがちだった。総一郎を心から好いていた絵美佳はそのことを寂しく感じていた。だが家にいれば優一郎がいる。絵美佳は弟である優一郎を総一郎の次に好いていた。けれどその優一郎も最近は家に帰っていないようだ。時折、学校でその姿は見かけるが、特に話し掛けるきっかけもなく、最近では口を利くことすら稀だ。
そして今は由梨佳でさえもが家を空けている。絵美佳は顔をしかめて大股で学校へ歩いていた。歩きながら考える絵美佳の顔が怒りに歪む。
「これがいわゆる家庭崩壊ってやつね!」
自分のことは棚に上げ、絵美佳は憤然とそう叫んだ。道行く人々が突然の大声に驚いたように振り返る。だが彼らは絵美佳の姿を見て取ると、なんだまたか、という顔で過ぎて行く。自覚は全くないが、絵美佳はこの街ではちょっとした有名人なのだ。それ故に人々も絵美佳の奇行を見て見ぬ振りをする。それは清陵高校の教師も同じだ。
だがその日の朝は少々勝手が違っていた。憤然と歩く絵美佳を誰かが呼び止めたのだ。
「やっほー、絵美佳ちゃん。今朝も元気そうだねえ」
軽い口調でそう言いながら一人の男が近づいてくる。絵美佳は怒りの表情のままで足を止めた。きつい眼差しでその男を睨みつける。見知らぬ男だ。少なくとも今まで知り合った覚えはない。絵美佳は二十代に見えるその男のことを試しに思い出してみた。だが、記憶のどこを探ってもやっぱり男のことはない。
「……。見なかったことにしよう」
絵美佳はすっと男の脇を抜けてそう呟いた。男が慌てて後ろから追ってくる。
「そんなっ! ちょっと待ってよ、絵美佳ちゃあん!」
情けない声を発しながら男が懸命に絵美佳を追う。絵美佳は三度目に男が叫んだところで仕方なく足を止めた。始業まであと十分。校門まで全力で走っても十五分はかかる。どうせ遅れついでだ。そんな思いから絵美佳は深く考えることもなく男を振り返った。
男は絵美佳の目の前まで走ってきて肩で息をついた。それほど急いで歩いていたつもりはない。絵美佳は訝りながら男に訊ねた。
「何の用?」
公道で名前を大きな声で呼ばわってくれたのだ。それ相応の理由があるだろう。絵美佳は厳しい目で男を睨みつけたまま腕組みをした。男は肩で息をつきながら顔を上げる。だらしのない笑みが浮かんではいたが、男の顔の作りは絵美佳の美意識から外れてはいない。
「えっとね、絵美佳ちゃんの話をちょっと聞きたくて……あ、オレは木崎順って言うんだ。順って呼んでね」
逃げられてなるものか、と思ったのか順は早口でそうまくし立てた。その勢いに思わず絵美佳は閉口し、続いて呆れた顔をした。
「きざき? あんた、もしかして巴の父親?」
「あ、そっか。絵美佳ちゃんって巴ちゃんと仲がいいんだ?」
どうやら予想は外れたらしい。絵美佳はふうん、と呟いてとりあえず順の質問に頷いた。親にしては若すぎるしね。絵美佳は胸の内でそう呟いて順をまじまじと観察した。
何となくどこかで見た気がするのは気のせいだろうか。絵美佳はうろんな眼差しで順を見つめていた。茶色の髪がぱらぱらと額にかかっている。前髪に隠れかけた目は焦げ茶色だ。手足もまあまあ長い方か。絵美佳は順の頭からつま先までを眺め回した。対照的に順は絵美佳の目から視線を外さない。
「話、聞かせてくれない? そんな難しい質問しないしさ。そこらで茶でも飲みながら」
そう言いながら順はにっこりと笑ってみせた。
「巴はあたしのだから、話すことなんかないわ」
きっぱりとそう言いきって絵美佳は再び歩き出した。今更、返せと言われても無理だ。絵美佳は順が何かを言う前にそう言い切った。今度は焦ったような声を上げて順が駆け寄ってくる。
「い、いや、別にオレは巴ちゃんを返せって言いたかったんじゃなくてさ。ほら、こないだのロボットのかけっこについてのインタビューをだね」
そう言われた途端、絵美佳はぴたりと足を止めた。横に並んでいた順が唐突に立ち止まった絵美佳に驚いて急ブレーキをかける。つんのめるようにして足をとめた順が慌てて振り返る。絵美佳はそんな順に低い笑い声を返した。
「あなた巴の親類か何かなんでしょう? 巴に聞けばいいじゃない」
順は巴と知り合いだと自ら肯定したのだ。それならば巴に話を聞けば済むことだ。絵美佳は勝ち誇ったように腰に手を当ててそう言い放った。だが順は悪びれるどころか困ったように笑って頭をかく。
「いやあ。オレ、巴ちゃんと面識はないしさあ」
「ふうん。とりあえず、信じてあげるわ」
嘘かどうかなんて巴に聞けば直ぐにわかるし。絵美佳が小声でそう付け足すと順がえっ、と不思議そうな顔になる。絵美佳は何でもない、と手を振ってそれで、と切り返した。
「あ、そうそう。こないだのかけっこに出てたあのロボットさ。絵美佳ちゃんが作ったの?」
早速、と順はメモ帳とペンを取り出した。今時、端末を持ち歩かないなんて珍しい。絵美佳は全く別のことに感心しながら無言で頷いた。すると順がやっぱり、と歓声を上げる。
「すっごいかっこよかったじゃん、あれ。デザインも全部、絵美佳ちゃん一人で?」
楽しそうに告げる順にため息をつき、絵美佳は鞄を持たない方の手を差し出した。意味を理解できなかったのだろう。順が不思議そうにその手を見つめる。
「また、その話か。わかったわ。喫茶店、付き合ってあげるから、はい」
そう言って絵美佳は空の手を軽く上下に振った。順が困ったように手と絵美佳の顔とを見比べる。おずおずと手を出した順にその手を握られ、絵美佳は怒った顔で手を振り解いた。
だから色々名乗るから後々面倒くさいことに……w
あ、ここから二章です。