「取材料は前払いよ!」
改めて順に手を突き出す。すると順はようやく理解した、という顔で手を叩いた。それから困ったような顔になる。
「でも、オレ、貧乏ライターだからなあ……そんなに出せないかも」
そう言って順は渋々とジーンズの後ろポケットから財布を抜いた。それを見た絵美佳はきらり、と目を光らせた。貧乏、と言っている割に順の持つ財布は高価な皮製のそれと見抜いたのだ。
「貧乏? 財布も、腕時計も、その手帳も、けっこうなブランド品じゃない?」
財布を開きかけていた順がぴたりと動きを止めて目を上げる。それから順は空笑いした。
「あ、あはは。ばれちゃった?」
順はしばらくごまかすように笑っていたが、絵美佳が腕組みをしてじろりと睨むと大人しくなった。あーあ、と落胆のため息をついて財布の中身を引っ張り出す。それは札束などではなかった。既に切られた小切手だったのだ。
「えっとさ。後で言おうと思ってたんだけど、オレ、ちょっと絵美佳ちゃんに頼みたいことがあるんだよね」
そう言いながら順はさらりと小切手に何事かを書き込んだ。万年筆のインクを息を吐きかけて乾かしている。まさかこんな往来で小切手のやり取りをしているとは思わないのだろう。道行く人が足を止める気配はない。
「さっさとそれ出してれば話は早かったのに。さあ、商談よ!」
絵美佳は素早く順の手を取った。慌てた声を上げる順を意気揚々と引っ張っていく。絵美佳は胸を張って手近な喫茶店を探した。引っ張られる順が困った素振りをしていたが、絵美佳は完全にそれを無視した。
手近な喫茶店は五軒あった。絵美佳はその中から美味い紅茶を入れてくれる店を選んでドアをくぐった。どうせ会計は順持ちなのだ。それなら美味いものを口に入れなければ損だ。絵美佳の内心での決め付けを知ってか知らずか、順が恐る恐ると言った態で後からついてくる。
店内は静かだった。フロアには静かなクラシック音楽が流れ、客たちもそれぞれがゆっくりとした時間を過ごしている。新聞を読むサラリーマン、編物をしている主婦らしき女性、そして仲の良さそうな老夫婦。絵美佳はだがそんなのんびりとした時間を満喫している人々を見もしなかった。どん、と一つのテーブルについて正面に順を座らせる。
「あ、あの、絵美佳ちゃん? この店、ちょっとまずいんじゃあ……?」
紅茶の値段が気に入らないのか。メニューをがっつりと覗き込んでいた絵美佳は視線に怒りを込めて順を睨んだ。だが順は絵美佳とは違い、メニューを見てはいない。うろたえた様子で客たちを見回している。
「失礼なこと言わないの! ここのプリンパフェはさいっこーに美味しいんだから!」
「いや、あのね? そういう意味じゃなくて……あ、ブレンドティください」
いつの間にかウェイターが近づいている。絵美佳よりも早く、順は注文していた。絵美佳もメニューから顔を上げてウェイターを見上げる。
「スペシャルプリンパフェの横綱盛りと、トロピカルティ」
「横綱……。それはそれはとてもとても強そうな名前だねえ……」
感心したような順の言葉にウェイターが困ったように笑う。それから静かにテーブルから離れて行った。
「当たり前じゃない! あの名横綱、大月丸がここの常連だったころ、いつも頼んでいた特製パフェが横綱盛りの由来なのよ!」
絵美佳は真面目な顔でパフェの説明を始めた。乗っている果物の特徴、クリームの産地、砕いたコーンフレークの割合などについて語り尽くした頃、問題のパフェが運ばれてきた。順は何故かテーブルに突っ伏して低く呻いている。
「ああ、絵美佳ちゃんがそのパフェにただならぬ思い入れをしていることはよく判ったよ。だから頼むからもう少し声を落としてくんない?」
殆ど泣きそうな顔で順が告げる。絵美佳は唇を尖らせてパフェのグラスにスプーンを突っ込んだ。零れ落ちんばかりに盛られたアイスクリームを一さじすくって口に運ぶ。程よい甘味を堪能した後、絵美佳は膨れ面で応えた。
「あんたがへんな茶々を入れるからじゃない……」
大人しく忠告に従って小声で告げる。すると順はほっとしたように笑みを浮かべた。そこで絵美佳はあら、と手を止めた。わざとらしい笑い方は好きになれないが、今のような笑みを浮かべると順もまんざらではなく見える。まじまじと順を観察しつつ、絵美佳は目の前のご馳走を口に運んだ。
「ロボットのかけっこについて聞かせてくれるよね?」
カップを傾けつつ順が促す。さじを口に咥えたまま、絵美佳はうーん、と小さく唸った。キウイの酸味が甘味いっぱいだった口の中で弾けて溶ける。
「具体的な質問をどうぞ」
これまでのインタビュアーに対するのと同じ口調で絵美佳は告げた。何度も同じ質問をされている内に身に着いてしまった対応だ。すると早速、と順がメモ帳を取り出した。ページをめくって目を上げる。
「えー、と。生徒会長の要ちゃんとはこれで何度目の対決? あ、ロボットでのってことね」
「初めてよ。ただ、要が言うには過去の因縁とやらがあるみたいだけど」
絵美佳はパフェを崩しながら即答した。迷うような質問ではない。それにこれまでに何度も聞かされた質問でもある。すると順はご丁寧に何事かをメモ帳に書き付けた。一体、こんな質問がどれだけ役に立つのだろう。絵美佳は不思議な気分でさりげなく順の手元を見た。
メモ帳の表紙に木村重工の印があるんだけどなあ。ぼんやりとそんなことを考える。
「えーっと。それじゃ、今回対決した例の最新鋭機についてだけど」
要するに聞きたいのは相手方のロボットのスペックか。それともこちらのロボットの構造そのものに興味を持ったのか。どのみちまともに応えていたらきりのない話だ。絵美佳はため息をついてスプーンの先で順を指した。
「岩手島駿河重工のHA103ASよ。HA103Aの改良型。性能については、岩手島駿河重工さんに聞いてください」
「えー。ケチ」
順が何気なく漏らした言葉に絵美佳はぴたりと手を止めた。それまで揺れていたスプーンのさじ部分が動きを止める。
石○島播○重工業、みたいな名前にしたかった……気が。