「少なくとも木村のKI77T7いや、最新型はT8か。あれよりは全ての面でHA103Aのほうが上ね」
「がーん」
力なく告げた順を横目に絵美佳は再びスプーンを動かし始めた。ストロベリーとバニラとチョコレートの三種のアイスをそれぞれ口に入れる。心地のよい冷たさと甘さが口いっぱいに広がった。
「でもさあ。最新型にはそれまでにない機能をつけてあるじゃん。ほら、追尾システムなんてけっこういい出来だと思うんだけど……」
いつの間にか話がどんどん別の方向へと進んでいる。だが絵美佳はそれを気に留めてはいなかった。元々、主旨が一環していようがいまいが、自分に使える情報が手に入れられれば問題はないのだ。ちらり、と目だけを上げて絵美佳は手にしたスプーン一杯に生クリームをすくった。
「索敵能力が低いから有効に見えるだけじゃない。変な追加機能で誤魔化す前に、基本性能をアップすべきだと思うのよね」
口許についた生クリームを舌で舐め取る。不服そうな順を余所に絵美佳は再び生クリームを口に運んだ。さりげなく一緒にすくっておいたパイナップルとほどよく混ざり、絶妙な味が口に広がる。
「基本性能ってさあ……。まあ、昔の技術にケチつける気はないけど、随分と前に買い取ったもんを地道に使ってるからなあ、うちは」
そう言いながら渋い顔で順がカップを傾ける。絵美佳はぴくりと眉を上げてスプーンの動きを止めた。ずずず、と茶を啜る順を睨むように見る。木村重工の作品には謎が未だに多い。外部に殆ど情報が漏れてこないのだ。
「だからと言ってカタログ受けする機能で客を誤魔化して売っちゃえばOKなんて商売のやり方は感心しないわね」
「だってそうでもしないと買ってくんないんだもん」
子供よろしく唇を尖らせて順がぼやく。絵美佳はため息をついてスプーンで順を指した。順はそのスプーンの先をちらりと見たが、まだふて腐れたままだ。
「基本性能は買い取った理論を元に組み上げられた、言わばウチの財産だそうで? そうそう簡単に変えられるもんじゃないんだとさ。当の開発に当たってるやつらの頭が固いこと固いこと」
半ば愚痴なのだろう。順の口調は苦々しい。絵美佳は顔をしかめてスプーンを下ろした。
「セキュリティを重視し過ぎなんじゃない? 何事も行き過ぎると害になるって典型例ね。もっと風通しよくしないと、成果はでないわよ」
「そりゃそうなんだけどねえ……」
順が頭をかきながら応える。その姿に絵美佳はため息をついた。やれやれ、と肩を竦めて再びパフェを切り崩しにかかる。
「何でもさ。総一郎には負けたくないって言ってるやつがいてさあ」
小声でのぼやきを絵美佳の耳はきっちりとキャッチした。眉を跳ね上げてスプーンを置く。
「パパはまあ、セキュリティの概念自体理解してないっていうか、なーんも隠さないから。そもそも勝つとか負けるとかあんま、考えてないし」
「だろうねえ。傍から見てもそうだろうなあと思うんだけどさ」
それから順はアロハシャツのポケットを探って何かを取り出した。テーブルの上を一枚の紙が滑る。絵美佳は指先でそれを受け止めた。オフホワイトの紙に横文字が印刷されている。裏返すと縦書きで名前が記されていた。
「吉良克俊、三十五歳。木村重工GPHカンパニー開発部部長。未婚」
絵美佳が目で読む前に順が告げる。絵美佳は目を細めて名刺を見下ろしていた。
「親戚付き合いも全然だって話だったから、君も知らないかもね。カレ、吉良総一郎の従兄弟なんだってさ」
昔、幼い頃に一度だけ親戚一同が集まったことがある。ちょうど、正月だったこともあり、絵美佳は幾人もの大人にお年玉を貰った。そんな中でただ一人、奇妙なお年玉をくれた大人がいた。愛らしいお年玉袋の中にはたった一枚きりの紙切れが入っていた。
滅。
そんな一言を書いて寄越した相手に絵美佳は憤然と殴りかかった記憶がある。絵美佳は口許に引きつった笑いを浮かべて名刺から顔を上げた。
「そーいえば、そんな奴いたっけ? もしかして、あのデブ?」
「今は太ってはないと思うけど……まあ、きっと多分、君の想像した男かなあ」
困ったように目を逸らして順が頭をかく。絵美佳は指先で名刺を弾いた。軽い名刺は宙を舞ってテーブルの下に落ちる。だが順はその動きを目で追うだけで拾おうとはしなかった。
「で、こいつがどうしたの?」
「とりあえずさあ。絵美佳ちゃんには悪いけど、次の対戦引き受けてくんない?」
意味が判らない。絵美佳は怪訝な顔で順を見つめつつもスプーンを手にした。残っていたパフェを口に運びながら目で促す。
「要ちゃんが次に持ち出してくるロボット、そいつの責任で製作されることになってるんだけど」
「次って、あのバカ、まだ懲りてないわけ?」
ずず、と茶を啜って順は続けた。
「出来れば絵美佳ちゃんにばーんと派手にやっつけて欲しいんだよね」
「必要経費プラス、これだけもらうわ」
絵美佳は即座に切り返して指を三本立ててみせた。すると明らかに順が困った顔になる。えー、と不服そうな声を上げるが絵美佳は鋭い視線だけでその声を抑え込んだ。
「まあ、いっかあ。その代わり開発過程の取材はさせてよね。あ、金額でかすぎるから振込みにしよっか?」
順は財布を探って先ほどの小切手を出した。それを絵美佳の前に滑らせる。絵美佳は素早くそれを懐に収め、順が握っていたメモ帳を奪い取った。
「確かに、手渡しは危険ね。ちょっとメモ貸しなさい」
絵美佳はさっさと口座番号を手帳に書き込んだ。いつも使用している個人の口座だ。つき返したメモ帳を見た順が苦笑する。
「ここへお願い」
「いいけど、出来ればあと二つほど別口座書いてくんない?」
そう言って順がにっこりと笑う。絵美佳は訝りの眼差しで順を見た。だが順はにっこりと笑ったまま悪びれることなく続ける。
「金の出所がバレたら困るじゃん。もしもの時のために口座は分けておいた方がいいと思うよ?」
「そりゃそうね。それじゃあ、これから銀行まわるから付き合って」
絵美佳は急いでパフェを片付けにかかった。順は相変わらずにやにやと笑いながらそんな絵美佳を見ている。心の中で様々なことを計算しつつ、絵美佳はものすごい勢いでパフェを食べ終わった。
優一郎と絵美佳にスポンサーがそれぞれつきましたw
……という感じです。