TSと百合警報だした方がいいのかな……これ。
午後二十一時から午後二十三時までは決して入ってこないように。その日の朝、多輝は立城から執務室への入室時間を言い渡された。要するにその時間以外なら問題ないってことか。そう訊ね返すと立城は苦笑して頷いた。
「もちろん問題ないよ。その時間以外なら君の好きな時に訪ねてくれていいよ」
多輝はその答えに思わずこぶしを握り締めた。立城の目がなかったら目一杯のガッツポーズを決めていたかも知れない。今まで、立城が多輝を真剣に相手することがそれほどなかったためだ。
朝食でございます、と運ばれてきたのはモーニングセットだった。多輝は喜んでそのプレートを受け取った。どうも身体のあちこちが痛み、部屋から出てまともに食事のとれる自信がなかったのだ。だがそれすらも立城に見抜かれていたらしい。多輝はきれいさっぱり朝食を平らげた。
「食後のお茶はいかがですか? あっ!」
多輝に朝食を運んできたメイドが慌てた声を上げる。多輝は驚きに目を見張り、そちらを向いた。テーブルの上でお茶をいれようとしたのだろう。ティポットを持ったまま、メイドが困惑した顔をしている。多輝は痛む身体を引きずるようにしてベッドから降りた。
「あーあーあー……何やってんだよ。貸してみな」
そう言って多輝はメイドの手からさっさとポットを取り上げた。カップ目掛けて注がれるはずだった紅茶がソーサーの上に零れている。多輝は苦笑しつつカップに紅茶を注ぎ分けた。もしかしたら先ほどまでいた立城の分だろうか。カップは二つある。多輝は無言で二つ目のカップも満たした。
「ほら。これ、あんたの分。飲むだろ?」
そう言いつつ、多輝は片方のカップをメイドに差し出した。年頃はちょうど、多輝と同じくらいだろう。メイドの顔がぱっと輝く。
「ありがとうございます!」
自分のカップを取り上げようとしてふと多輝は動きを止めた。そういえば、と顔を上げる。メイドは嬉しそうにカップを傾けている。
「あのさ。おれ、多輝ってんだけど」
先に名乗ってから多輝はメイドの名を訊ねた。すると慌てたようにメイドが頭を下げる。その拍子にカップが傾き、僅かに紅茶が零れる。多輝は反射的に手を出した。その手の上に紅茶がかかる。
「ぅあっちぃ!」
「あっ、自己紹介まだでした。わたし、奈月と申します」
多輝の叫びと奈月の声が重なる。多輝は慌てて手を引っ込めながら奈月に頷いた。奈月はそこで初めて多輝の様子に気付いたらしい。うろたえて視線をあちこちに向ける。どうやら多輝の手を拭くものを探しているらしい。
「あー……。おれの手はいいから。とにかく……ええと、奈月さん? あんたはそこに落ち着いて座ってくれ」
多輝は傍にあったソファを指差して告げた。うろたえていた奈月の手元ではカップが危うく揺れていたのだ。
「あの、ごめんなさい」
奈月は泣きそうな顔で詫びながらソファに腰を下ろした。多輝はそんな奈月に何でもない、と手を上げてみせた。背後に隠した時にこっそり手を治療しておいたのだ。機械仕掛けの身体でも少々の修復なら力を使えば可能だ。多輝はカップを片手にベッドに戻った。
このくらいのドジなら慣れている。多輝はまだ悲しそうな顔をしている奈月に何気なくそう告げた。すると奈月が不思議そうな顔になる。多輝はああ、と笑ってカップをソーサーに戻した。
「昔ね。面白いやつがいてさ」
多輝はそう言いながらかつてよく一緒にいた絵美佳のことを話し始めた。実験と称して散々な目に合わされたこと。そしていつも痛い目にあっていたこと。だがそれも思えば楽しかった日々だった。多輝はそう締めくくって茶を啜った。
だがそう語りながら多輝は少しずつ不安になった。絵美佳と過ごした日々のことは覚えている。だがどうして自分は女の身体になったのだろう。そもそも、何故絵美佳と離れることになったのか。その辺りのことがまるで思い出せないのだ。
「変だな……」
誰に聞かせるつもりもなく、多輝はそう呟いた。
「あの、何か問題ありますか?」
呟きをしっかりと聞き取ったのだろう。奈月が不安そうに問う。多輝は慌てて顔を上げ、次いで首を振った。
「いや、何でもない」
そう、何でもない筈だ。少なくとも自分はこうして立城の屋敷に招かれた。それまで入ったことのなかった屋敷に初めて呼ばれたのだ。この時点で多輝はそう認識していた。そして優一郎と過ごした時間のことをきれいさっぱり忘れてしまっているのだ。そのことに多輝自身は気付けずにいた。
不意にドアが鳴る。開いたドアの向こうには白衣を身につけた由梨佳が立っていた。手には端末を握り、片手は白衣のポケットに入れている。その姿を見止めた多輝は、ため息をついてベッドを降りようとした。だがその寸前に由梨佳が片手を上げて多輝を制する。
「おはようございます。由梨佳先生」
多輝はそう言いながら軽く頭を下げた。今日から自分はここで由梨佳に教育を受けることになっているのだ。少し緊張しながら挨拶をした多輝に由梨佳は頷いた。
「おはようございます」
緊張する多輝とは対照的に奈月が明るい挨拶をする。由梨佳は今度は奈月に目を移し、にっこりと微笑んだ。
「天輝さんも、奈月さんもおはよう」
どうやら自分は天輝と改名されるらしい。だが多輝はまだその呼び名に慣れていなかった。くすぐったいような居たたまれないような変な感覚になる。多輝は困惑したまま由梨佳からそっと目を逸らした。
この天輝という名前がほんっとに定着しなくてw
地の文で多輝と書いているせいでもあるんだと思います。