いくつになるか判りませんが2,000文字くらいずつ分けます。
エロシーンはありません。
吉良瀬邸で昔の話を 1
その日は前日までとは打って変わって朝から雨が降っていた。暗い空から大粒の雨がアスファルトの上に降り注ぐ。優一郎は傘に当たる雨の音に耳を澄ました。不規則な雨音を聞いていると何故か不安になる。
昨夜遅くにそれは出来上がった。注文には充分過ぎるほど応えている筈だ。これまでに作ったどのヒューマノイドよりも素晴らしい出来栄えになっている。優一郎はそう自負していた。だがそう思う心の片隅に不安が沸き起こる。何度もチェックして性能は確かめてある。なのにどうしてこんなに気になるのだろう。優一郎はふと足を止めて振り返った。レインコートを身に着けたカレンが怪訝そうに立ち止まる。
「なんすか? 部長」
頑丈なロープを袈裟懸けにし、カレンは大きな金属製の箱を引きずっていた。移動を楽にするための車輪がついているとはいえ、優一郎だけでは引きずることすらままならないほどの重さがある。それをカレンは易々と運んでいるのだ。二メートル四方のその箱を満ち行く人が不思議そうに見つめて過ぎる。優一郎は通行人たちをさりげなく眺めてからカレンに目を向けた。
「出力増強後の身体にも充分慣れたみたいだね」
微笑を浮かべて優一郎はそう告げた。するとカレンが微かに頬を染めて指先で鼻の頭をかく。先日の失敗を思い出しているのだろう。カレンは照れくさそうに笑って頷いた。
戦闘型のヒューマノイドであるカレンは人の数十倍のパワーを発揮することができる。だが通常の生活を送る際に出力の設定を間違えると色々な弊害が起こる。自動的に設定を変えるためのスイッチが切り替えられるなら問題ない。だがカレンの機体のスイッチはカレンが直接に切り替えなければならなくなっているのだ。
スイッチの切り替えを間違えるとどうなるか。取ろうとしたコーヒーカップを握り潰す、立とうとして手をついてテーブルを割る、電灯のスイッチを入れようとして壁に穴を空ける。……といった問題が発生する。そしてカレンはそれらの失敗を多々繰り返していたのだ。
「さすがに仁科を抱き潰すって訳にはいかないっすからねぇ。ウチも学習しましたよ」
様々なものを壊したカレンに優一郎は保美相手に練習するように、と命じた。するとそれまでカレンが多発させていたうっかりミスが全く発生しなくなった。優一郎の判断があればこその学習の仕方だったが、カレンに取っては死に物狂いになった教育期間でもあった。
それ以来、カレンが機体の設定ミスによる事故を起こすことはなくなった。優一郎はその時のことを思い出して苦笑した。止めていた足をまた前に出す。目的地に向かい始めた優一郎の後をカレンは黙々とついていく。
清陵高校と目的の屋敷は地図で見ると町の両極端にある。西の端にあるのが優一郎たちの通う学校、清陵高校だ。対する目的の屋敷は東端にある。清陵町はさほど大きな町ではないため、端から端まで徒歩で行っても一時間というところだろう。だがその道のりを優一郎はいつも以上に遠く感じていた。
主人は数ヶ月前までその屋敷を空けていた。その間、使用人たちが屋敷を管理していたらしい。だが、普段は人気が殆どなく、付近の住民たちはお化け屋敷などと噂をしていたという。そんな屋敷だったが、主人が戻ってからというものお化け屋敷であるという噂は消え、今ではどこぞの大富豪が暮らしているのではないか、と付近の住民たちは噂をしているという。全く、現金なものだよね。優一郎は内心でそう呟いてため息をついた。
歩き始めてから一時間が過ぎた時、優一郎は屋敷の門に辿りついた。カレンが横でもの問いたそうな目をしている。しばらく無言で門を見つめた後、優一郎はおもむろにチャイムに手を伸ばした。激しい雨は降り続いている。傘を少し前に傾け、優一郎はチャイムを押した。
女性の声が応答する。優一郎は礼儀正しく挨拶した後、今日の訪問についての件を説明した。女性は愛想良く返事し、続いて門が大きく開いた。
門から屋敷まではまた歩かなければならない。優一郎はカレンを促して先を急いだ。門から玄関に続く小道にも雨は降り注いでいる。咲き乱れるばらの花は雨に濡れて沈んでいるように見えた。
「部長。随分とでっかい家っすねぇ。ホントにここでいんすか?」
屋敷の噂について知らないのだろう。カレンが恐々と周辺を見回している。玄関に辿りついた優一郎は苦笑して振り返った。早く屋根の下に入るようにカレンを促す。カレンは優一郎の言葉に従って大人しく玄関の前に立った。
「吉良瀬の当主の屋敷だからね」
「あー……。これが吉良瀬の実家っすかあ。凄いな」
感心したようにカレンが呟く。本心からの言葉なのだろう。珍しそうに玄関の周りを見ている。そんなカレンを余所に、優一郎は再度、玄関のドアの脇にあるチャイムを鳴らした。ほどなくしてドアが開く。出てきたのは先日会った奈月だった。
「こんにちは、奈月さん」
優一郎はにっこりと微笑みながら挨拶した。メイド服を身につけた奈月がスカートをつまんでお辞儀する。どうやらそれがこの屋敷での正式な挨拶らしい。奈月は笑顔で挨拶を返した。
「いらっしゃいませ」
「こんちは」
二人とは違い、カレンはぶっきらぼうにそう告げて箱を指差す。優一郎はああ、と笑ってカレンに手を振った。カレンはそれを合図と理解したのだろう。奈月に会釈をして身を翻す。奈月が慌てて声をかける前にカレンはさっさとその場を後にした。元々、ここまで荷物を運ぶところまでを頼んでおいたのだ。優一郎は困惑気味の奈月に大丈夫です、と告げた。
だが大丈夫だと言ったところで荷物を優一郎が運び込める訳ではない。かといって奈月にさせるのは酷だろう。元々、奈月はカレンのように戦闘タイプのヒューマノイドではなかった筈だ。中までカレンに頼めば良かったかな。カレンを帰してしまったことを少し悔い、優一郎は箱を目の前にしてうーん、と唸った。
このシーンは登場人物はけっこー多いです。