※この作品はR-18です。

魂の座 一部 凍えた魂   作:伊駒辰葉

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まだまだ話は続きます。
エロシーンはありません。


吉良瀬邸で昔の話を 2

 とりあえず玄関は通るサイズだ。優一郎は奈月と顔を見合わせ、次いで箱に目を移した。

 

「大きいですね……」

 

 やはり手に余るサイズなのだろう。奈月が困ったように首を傾げる。優一郎はため息をついて同意した。ここまで運ぶところまでしか考えていなかった。優一郎は正直にそう奈月に告白した。だがそう言われたところで奈月がこの荷物をどうにかできる訳ではない。二人はお互いに困った顔でしばらく箱を挟んでぼんやりと立っていた。

 

「何してんだ? そんなとこで」

 

 不意に聞き慣れた声が聞こえてくる。優一郎は目を見張って声のした方を見た。玄関の奥、じゅうたんの敷かれた階段の上に誰かが立っている。階段を降りてどこかに向かうつもりだったのだろう。階段の途中で不思議そうな顔をして優一郎たちを眺めている。

 

「多輝さん、ちょっと、力、を貸してもらえませんか? わたしだけだと、ちょっと失敗しちゃいそうだったから」

 

 助けを求めるように奈月が告げる。優一郎はその間もぼんやりとその姿を見つめていた。前にも同じような格好をさせていたことはある。だが今の多輝のメイド姿は優一郎の目にはやけに新鮮に映った。

 

 身軽に階段の手すりを飛び越える。多輝は一気に階段から飛び降りて奈月の方へと歩いてきた。そして今、気付いたというように優一郎に目を向ける。優一郎は思わず多輝に呼びかけようとした。

 

「こんにちは。……あのさ、奈月さん。ほんとに使って大丈夫?」

 

 そう言いながら多輝がちらちらと優一郎を見る。優一郎は訝りに眉を寄せた。ログが取れなくなって二日、その間に多輝に何かがあったのだろうか。多輝は優一郎に対して嫌によそよそしい。

 

「多輝さんが居れば大丈夫です!」

 

 自信満々で奈月が頷く。多輝は困った顔で頭をかき、いや、そういうことじゃなくてと説明している。その間も優一郎は多輝をじっと見つめていた。喋り方が少し変わっているのは、きっと女性らしくなるための教育中だからだろう。もっともその喋り方も完全に女性そのものにはなっていない。時折、おれ、という男言葉も混ざっている。

 

「まあいいや。えーと、ちょっと退けてくれるかな。ああ、えっと」

 

 そこで多輝は優一郎を指差して眉間に指を当てる。黙している優一郎を見てはいるが、その視線は以前のそれとは全く違う。

 

「あんた、名前なんてえの? 宅配の人?」

 

 そう訊かれた優一郎は一瞬、顔を強張らせた。軽く俯いて口許に嗤いを浮かべる。なるほど、と小さく呟いてから優一郎は顔を上げた。その顔にはさっき浮かんだ嗤いはない。

 

「吉良、優一郎と申します。以後お見知りおきを」

 

 そう言って優一郎はにっこりと多輝に微笑みかけた。すると多輝は困ったような顔で頷き、次いで自己紹介を簡単にした。どうやら多輝は吉良瀬という姓をまだ使ってはいないらしい。雨宮多輝、と優一郎は何となく口の中で呟いてみた。多輝がそう、と律儀に優一郎に頷いてみせる。

 

「あー、と。吉良さん? とにかくちょっと避けてくれるかな。ああ、奈月さん、あんたが運ぶとつまづきそうだから退けて。ほら」

「あっ、はい!」

 

 慌てたように奈月が箱から離れる。優一郎も大人しく多輝の言に従い、箱から離れた。多輝が眉間に指を触れて目を閉じる。次の瞬間、何かが弾けるような音がして箱についていた雨水がきれいに消えた。次いで箱がゆっくりと浮き上がる。

 

「濡れたまま入れるのはまずいだろ?」

 

 感心して見つめていた優一郎に多輝がぶっきらぼうに返す。紺一色に染まった髪を背中に払い、多輝は箱に向かって指を鳴らした。すると箱が音もなく空中を滑り始める。優一郎は奈月に促されるままに屋敷内に入った。

 

 屋敷内は静かだった。何時来てもここは静かだ。優一郎は周囲を見ながらゆっくりと歩いていた。その先を行くのは箱を操っている多輝だ。奈月は大人しく優一郎の横を歩いている。

 

「あ、そいえばさ。立城が伝えとけって」

 

 そう言いながら多輝が肩越しに振り返る。その目は奈月を見ている。優一郎は黙って廊下に飾られた絵画を見て歩いていた。

 

「立城さんが? わたしにですか?」

「もうすぐだからって。おれにはよく意味がわかんないんだけどさ」

 

 それを聞いた奈月の顔がぱっと明るくなる。薄紅色に染めた頬を手で包み、口許に笑みを浮かべる。多輝には理解出来なくても奈月にはその言葉はとても重要だったのだろう。そして優一郎にも立城の伝言の意味が判っていた。さりげなく視線をずらして空を滑る箱を見る。立城に注文されたこれの用途はやはり予想した通りだったのだろう。そのことを優一郎は内心で再確認した。

 

 奈月が荷物の搬入場所に指定したのは立城の執務室だった。多輝は奈月の指示に間延びした返事をする。優一郎は自然と緊張した。立城とはもう幾度も対面している。だがいつ会っても慣れない。毎回、立城の印象が違っているせいもあるだろう。だが優一郎は自分が緊張する理由がそれだけではないことに薄々気付いていた。

 

 人とは違う存在。龍神と呼ばれる彼らは一体、どういう理由でこの世に生まれてきたのだろう。そしてその力の源は一体なんなのか。力で構成されていると立城は言っていたが、じゃあその力の大元はなんなのか。彼らに関してはまだまだ謎が多い。そして優一郎は自然とその謎を解明したいという欲求に囚われていた。

 

 扉が開く。執務室へ続く扉を真っ先にくぐったのはあの箱だった。続いて多輝が執務室に足を踏み入れる。そして奈月、最後に優一郎と続いた。




この時点の多輝は優一郎のことを完全に忘れてます。
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