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「やあ、随分と早かったね」
屋敷の主は執務机についていた。椅子から腰を上げて三人に近づいてくる。優一郎は儀礼的に挨拶をしようとした。だがそんな優一郎の前に誰かが一歩出る。多輝だ。
「重い!」
仏頂面で多輝が吐き捨てる。すると立城は困ったようにほほ笑みを浮かべて多輝に手招きをした。
「ごめんなさい、やっぱりわたしも手伝ったほうが……」
泣きそうな顔で奈月が告げる。いや、違う、と多輝は慌てて振り返った。
「あんたはいいんだ、あんたは。運ぶ途中で怪我されちゃ困るからな」
そう言ってから多輝は改めて立城に向き直る。立城はいつものことなのか、喚く多輝を穏やかな表情で見守っている。さながらやんちゃな子供を遠くから見守る親のようだ。
「運んでくれてありがとうとか、そゆのはないのか!」
不機嫌そうに叫んでいるが、きっと本心ではないな。優一郎は内心でそう呟いた。立城に向かって大股で歩いて行く多輝の表情は本気で怒っているものではない。どこか嬉しそうに見える。優一郎は目を細めて黙って多輝の行動を眺めていた。奈月一人がおろおろとしている。
「ああ、なるほど。君は僕にご褒美をもらいたい、と」
軽く手を叩いて立城が納得顔になる。多輝は報酬は当然だ、と憤然と言い返した。奈月が懸命な面持ちであの、と声をかけて多輝を止めようとする。だがどうせ多輝は他の誰の言葉も聞いてなどいない。立城と話すので精一杯だろう。優一郎はそっとため息をついて箱に寄りかかった。腕組みをして静かな眼差しを二人に送る。
多輝は肩を怒らせて立城に何事かを怒鳴っている。立城はそれを受けて軽く流しては笑う。きっとこの屋敷では当り前の光景なのだろう。優一郎は冷めた眼差しでその様子を眺めていた。
「せめてゲーム機くらい入れてくれるとかだな!」
「ゲームって……。この間、新しいソフトを買ってあげたばかりだろう? あれはどうしたの」
「あのな! ソフトだけあったってゲームできねんだよ! わざとか、てめえ!」
「だってあのゲームが欲しいって言うから」
いつまで続ける気かな。優一郎は半ば呆れて言い合う二人を横目に眺めた。奈月が涙目になって二人の間に割って入ろうとしている。どうせ無駄だよ、と優一郎はそっと奈月に告げた。すると困ったような顔で奈月が箱の傍に大人しく戻ってくる。
「仕方ない子だね。じゃあ、これで」
優一郎はその瞬間、軽く息を飲んだ。立城が素早く多輝の唇を塞いだのだ。絶句する優一郎の目の前で多輝が硬直する。立城は人目を全く気にすることなく、そのまま多輝をしっかりと腕に抱いた。
「あっ、阿呆か、てめえは! 何てことしやがる!」
しばらく経ってから唐突に我に返ったように多輝が叫んだ。だがまだ立城の腕の中に抱かれたままだ。優一郎は誰にも聞かれないようにそっと息をついた。きっとわざとだな。そう心の中で呟く。その呟きをまるで聞き取ったかのようなタイミングで立城が執務室の入り口に目を向けた。
「奈月さん。彼女を呼んできてくれますか? そろそろ午後の授業の時間ですから」
多輝を腕にしっかりと抱き、立城がそう告げる。奈月は慌てて返事をして執務室を駆け出していった。多輝は立城の腕の中で真っ赤になっている。口では嫌がっているが本気で解放されたいと思っている様子はない。
「けっこう可愛くなっているでしょう? 多輝は」
次に立城は優一郎にそう言葉を向けた。多輝を抱きすくめて軽く口づける。そんな立城を見つめて優一郎は微笑を浮かべた。
「ええ。多輝さんといい、奈月さんといい、可愛らしい人ばかりですね」
多輝は間違いなく記憶を操作されている。だがそれを今、ここで機体チェックをすることは出来ない。何故なら教育期間中は決して手を出さないというのが優一郎に言い渡された条件だからだ。
「って、ばか! そんなとこ触るな! ……うわ! あっ、やめろってば!」
次第に多輝の声には甘い響きが宿りつつある。それを耳にすると何故か多輝と過ごした時間が遠く感じられる。ほんの数日前まで自分と共に過ごしていたのに、その時間がまるで実は幻影だったのではないかという錯覚まで起こる。優一郎はため息をついて頭を強く振った。
多輝と離れていた時間は僅か数日だ。その間に多輝はすっかり優一郎のことを忘れている。そんな短い時間でこうも簡単に記憶を操作出来るのか。優一郎は多輝と立城を見つめながらぼんやりと考えた。
不意に背後から足音が聞こえてくる。次に執務室に現れた姿を見止め、優一郎は愕然とした。当然のような顔で執務室に入ってきたのは由梨佳だったのだ。
「母さん!?」
驚愕のままに優一郎は叫んだ。由梨佳はそんな優一郎を見やって微笑みを浮かべる。久しぶりに見ても由梨佳は若々しい姿をしていた。優一郎は驚きにただその場に立ち尽くした。
「驚いた? 今、立城さんに頼まれて、天輝さんの家庭教師をしているの」
そう言いながら由梨佳が立城と多輝に目を向ける。天輝、と優一郎は口の中で呟いた。そしてすぐに気付く。きっと女として生きるために多輝につけられた新しい名前だ。優一郎はそのことを理解して頷いた。
「あっ……由梨佳、先生っ。こ、このばか何とかして!」
執務室に入ってきた由梨佳を見止めるなり、多輝が喚く。だが立城は特に多輝に何もしてはいない。ただ腕に抱いているだけだ。なのに多輝は目を潤ませて訴えかけるように由梨佳を見つめている。
「立城さん、いい加減にしてください!」
多輝の言葉を受けて由梨佳がぴしゃりと叱る。立城は苦笑して多輝を解放した。途端に多輝がその場によろけて座り込む。当然だな、と優一郎は小さく呟いた。ヒューマノイドの性感機能は人のそれとは異なり、非常に敏感に作られている。しかも多輝は立城を好いているのだ。想い人に抱かれているだけで、その機能はフルに力を発揮する。優一郎は目を細めて多輝を見つめていた。
母子ごたいめーんw